牧師先生は、アメリカ留学中にクリスチャンになったという人で、黒縁眼鏡にやせぎすでいつも黒のスーツを着ていた。ただ肩幅は広かった。何でも、柔道をやっていたらしい。
牧師先生が激したことはほとんど見たことがない。
奥様は何でも大学でピアノを教えているそうだ、人を隠と陽に分ければ、どちらかと言うと陰の感じがする人だった。
僕よりちょっと年上の光ちゃんというひとり息子がいて、僕と妹はよく遊んでもらっていた。光ちゃんは牧師の息子に似合わず、いたずらっ子でいつも何かしら新しいいたずらを考えていた。
教会堂の2階が牧師の住居になっていたが、よく光ちゃんが窓から顔を出して近所の子供たちと口喧嘩をしているのを見かけた。
「馬鹿野郎」
光ちゃんが窓から身を乗り出して怒鳴る。
「アーメン、ソーメン、冷やソーメン」
子供たちがお決まりの文句を言う。光ちゃんは顔を真っ赤にして怒る。
平信徒のクリスチャンホームの僕でさえしんどかったのだから、牧師の子供である光ちゃんがどんなに大変だったのか、少しは想像できる。
けれども、子供の時の僕は、光ちゃんに遊んでもらいながらも、信徒のみんなにちやほやされる光ちゃんを羨ましく思っていた、もしかしたら嫉妬していたのかも知れない。
礼拝の前の日曜学校は、子供の時はとても楽しかった。大学生や社会人のお兄さんやお姉さんが優しかった。子供向けの聖書のお話を聞いて、聖書の一部を覚える暗誦聖句というのがあって、みんなの前でスラスラ言うとほめられてシールをもらえて貯まると文房具などの賞品と取り替えてもらえる。僕は日曜学校の優等生だった。
それだけでなく、日曜学校の遠足やキャンプなどもあった。
とにかく、忙しい母にどこかに連れて行ってとは言えない僕と妹にとっては、それらのイベントは砂漠で出会ったオアシスのコップ一杯の水のようなものだった。
大抵の子供たちは、日曜学校の礼拝が始まる時は、家に帰るか、後のプレハブで遊んでいるのだが、僕と妹は母に一緒に礼拝に連れていかれた。
これが幼い僕たちにとっては、地獄の時間だった。
優しそうに見える牧師先生の口から出る言葉は、日曜学校のお話と違って、何を言っているかまるでわからない。わからないだけではなく、何だかとても冷たい干からびた言葉のように感じられた。
僕と妹はじっと座っていられなくて、もじもじ動き出すと、母に思い切りつねられる。
それで、今度はいつの間にか、寝入ってしまう。
目を覚ましてみると、もうお話は終わりかけていて、招きの時間(回心者を募る時間)だった。みんなは目を閉じている。
「イエス様は、あなたの罪のために、あなたの身代わりとして十字架につけられたのです。誰でも、主イエスを信じるなら、罪赦され、新しく生まれ変わり、神の子となり、天国へのチケットが与えられます。
今、イエス様を信じると、決心した人は手をあげてください」
牧師の奥様がオルガンを弾いて、みんなが「驚くばかりの恵みなりき、この身の汚れを知れる我に」と歌い始める。
「さあ、手をあげた人は前に出てきてください。自分の決心を表すために。祝福の祈りを受けに出てきてください」
手をあげた、4、5人の人たちは、真ん中の通路によろよろと出てくる。ほとんどの人がすすり泣きながら、講壇の方に歩を進める。
「恵みは我が身の恐れを消し、任する心を起こさせたり」とみんなは歌う。歌っている人の方も目に涙を浮かべている人がいるようだ。
ぼくはただ大きく目を開けてこの様子を見ている。
前に出てきた人たちは、牧師から祝福の祈りを受ける、みんなも彼らのために祈る。
そして、礼拝後は、口々におめでとうと言われるのだ。そして、後に洗礼を受けることになる。
僕は、いいなあと思った。
この教会では中学生以上にならないと洗礼は受けられない。本人の決心が大事だとされているからだ。
だから、いいなあというのは、決心できていいなあという意味にも取れないこともない。
でも、ぼくがいいなあと思っていたのは、みんなに注目されておめでとうと祝福されること。そればかりではない、牧師のように、決心した人たちを招いて祝福すること。そのどちらもがいいなあと思えたのかも知れない。
この日から、牧師か伝道者になるという母の夢は自分の夢になった。