B2
まるで自分が天使になったような、地面から体が浮いているような気持ちを過ごした後、私は再び、地獄に引き戻された。
何がきっかけかは覚えていない。
母は私の心に爆弾を投げ込む達人だった。
その日も、何かを言われて私は黙り込んで母の言葉を受け流していたが、そうすればそうするほど、まるで絨毯爆撃のように、息も付かせぬほど次から次へと言葉の爆弾を投げ込んでくる。
ついには、私が一言言い返すと、母は「そら、見たことか」と得意そうに呟く。
そこからは、もうダムが決壊したように怒りが溢れてくる。
「どうして分かってくれないんだ!」
怒りは沸騰し、殴ることができるものなら母を殴りたくなる。けれど、殴ることはできなくて、私は拳をガラス窓に叩きつける(その時、右の小指に食い込んだガラス片は今も健在だ)。
「このキチガイ!」
母は蔑みの眼差しで、私が小さな頃から言われ続けた言葉を鋭い矢のように射る。
その矢は、まさに私の胸を射抜いて、私ははっとする。
『自分はキリストを信じて、やっと真人間になったのではなかったのか』
怒りはいつの間にか、母から自分へと向かい後悔に苛まれる。
『だめだ、だめだ、だめだ』
心の無数の傷から血が噴き出しているように感じて、いたたまれず、部屋に飛び込み、明かりを消して布団に潜り込む。
そして、キッパリ辞めたはずの常習者が覚醒剤に震える手を伸ばすように、なくなったはずの性的妄想に耽り込む。
…
『私は再び、何もかもなくして、天使から堕天使に悪魔になってしまった』
その後、私は布団の上で悶え苦しみ、膝を折って祈る。
『主よ、こんな罪人の私を憐れんでください、罪しかない私を許してください』
天使から悪魔へ、また悪魔から天使へ、生から死へ、また死から生へと、性欲動から破壊欲動へ、また破壊欲動から性欲動へ、その繰り返し、乱高下を繰り返すジェットコースターだった。
そして、天使になりたくて、私はますますもっと強い思想、もっと効果のあるキリスト教を求めていった。
しかし、このぐるぐるから完全に逃れることはできなかった。
その日、私は、「沈黙」という映画を見た。そして何とも言えない絶望に駆られた私は、それまでほとんど酒を飲んだこともなかったのに、ウィスキーをまるまる1瓶、ストレートで飲み干した。
泣きながら、ひとり、自分の部屋で叫んでいた。
「神よ、あなたはどこにいるのですか?
イエスよ、あなたはどこにいるのですか?
神よ、イエスよ…」
私は千鳥足で意識もなくなりながら、叫び続けていた。
その答えがあったのかなかったのかはわからない。
ただ、母のいい笑いものになっただけだった。