その前後に、私は親しい友達から、今度、FAPストーリーをいただいたんです。
私の偽りの快感のコードは『圧迫』でした。
このコードを出すにあたって、友達が見ていたイメージは、私は裸にされ、私の頭の上に涙を流している聖母マリヤ像がのせられているということでした。
そうして、主軸コードは、『情報を束ねる』で、感じていること、考えることが統合されないというものでした。連続して出てきたストーリーのイメージは、最初は、脳みそから色々飛び出すのを誰かから押さえ付けられているといったものでした。
次に、部位は『扁桃体(=怒り)』で、頭蓋骨を誰かに、石か拳で思い切り打たれているイメージでした。
(「母に能力が高いことを嫉妬され、私が私以外の人になるようにさせたんじゃない?)
←友達の言葉
その次も変わらず、『扁桃体(=怒り)』で、今度は、私は踏み潰されて、アリのように小さくなっていきました。
(「これは、嫉妬の凄さ、粉々ということだよね」)
その後は、『漏斗(=気持ち悪さ)』で、私は粉々になって跡形もなくなった体から芽が出て来て、一輪の小さな綺麗な花が咲いているのです。
風に吹かれて揺れているのです。
誰も見てくれないのですが、「これでいいんだろうか、これでいいのかもしれない」と思っているのです。
(「本当は母に育てて欲しかった。なんでこんなにされたんだろう。踏み潰された中から出て来た芽に違和感)
私は人から褒められるたびに、嫌な感じを持っていました。
O先生に、「吉本流免許皆伝、無意識の人」と言われ、ある人に、「天才」と言われ、また、友達に、「最大限の尊敬と称賛」と言われても、何だか自分とは違う人間について言われているように感じて、相手をがっかりさせないようにビクビクしていました。
あるいは、今、自分が咲かせた一輪の風に揺れる小さな花を取らないでくれよ、そんなふうに思っていたのかもしれません。
けれども、
(「そんなものじゃないでしょ!」)
ハッと目覚めたのです。
粉々になったのは、本来の私じゃないと。
そうではなく、母に入れられ、そうして自分自身もそれに乗っかって作り上げてきた一種のストーリーだと。
それは、自己犠牲を尽くし、天使のようになり、果ては粉々になって、誰からも忘れられ、見捨てられ、けれど、そこから慎ましい綺麗な小さな花を咲かせるという美しいストーリーでした。
私自身、そのストーリーを頑なに信じ続けていたのです。
しかし、そのストーリーは、まさにそのストーリーによって押し込められた怒り=リビドーによって、粉々にされたんです。
粉々にされたのは、ストーリーが形作った私、兄の私だったんです。
そうして、友達の『そんなものじゃないでしょ!』というのは、ストーリーのちゃぶ台返し、究極のリフレーミングだったんです。