無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 2

小5で代わった担任の先生は、乙姫先生という変わった姓の中年の女性の先生だった。短髪の声も低めで男っぽいサバサバした感じだった、どう考えても乙姫という名前は似合わない、それで、男子は、「おとこの」先生と呼んでいた。

 

先生の授業は面白かった、面白いだけでなく、勉強ができる子にもできない子にも同じ態度で接した。みんなはすぐにこの先生のことが大好きになった。

 

ぼくは、ずっと運動が苦手だった。特に、水泳というものに恐怖を感じた。だから何のかんの理由をつけて、水泳の授業をサボっていたが、ついに出ざるを得なくなった。授業に出たところで、すぐにできるわけでもないが、ただ泳げもしないのに、その日の授業のターンだけ、たまたまうまくいった。

「上地、すごいなあ。水泳の才能があるよ」

乙姫先生はみんなの前でほめてくれた。

 

人にほめられたのは生まれて初めてだった。アニメのように、それで得意になって水泳ができるようになったわけではないが、何だか自分の中には計り知れない力があるのかもしれないと思った。

 

母親が先生との面談から帰って来た時、「先生は上地君はバネのようにこれからものすごい伸びる能力があります」と言っていたと教えてくれた。

 

ぼくが変人なりに、みんなに受け入れてもらえたのは、先生のおかげだと思う。

 

小5は、それだけではない。ぼくの初恋の人が現れた時でもあった。

彼女は1学期に神奈川県から転校してきた。

乙姫先生を左、黒板を背にしていた、黒いリボンでダブルテールにした、浅黒い肌、目は大きくはないが、くりくりとした女の子。

「浜崎幸子です」

声はやや低めだった。

 

彼女も女の子ぽっいところもあったが、爽やかな男の子っぽいところがあった。

「上地に何かあったら、いつも飛んで来てやるよ」

ぼくは何だか彼女の言葉に痺れてしまった。

 

高村君という、ちょっとボス的な友達がいた。

「来週の日曜日、おれの家で秘密会議をやるよ」と仲のいい男子に言ってまわった。

誰も断れるはずもなく、高村君の家に集まった。

 

この町は至るところ、森と病院だらけだったが、高村君の家も森から出たところにあった。両親は2人とも学校の教師をしていたはずだが、その日は誰もいなかった。

部屋に入りきれなかったので、ダイニングルームにみんな集まっていた。

「高村同盟を作るから、このノートに自分の名前を書いて契約を結ぶ」

高村君はさも嬉しそうに言い放った。

「高村同盟というのは、秘密を共有し、お互いがお互いを助ける同盟のこと」

『さて、何のマンガに影響されたんだろう』

「それで、ひとつめの秘密として、みんなの好きな女子の名前を書いてくれ」

10人ぐらいいた男子は、一瞬、尻込みしたが、結局、あきらめて、次から次へと、好きな人の名前を書き込んで言った。

ぼくの番が来た時、はっきり誰かが好きだという実感はなかったが、頭に真っ先に浮かんだのが、浜崎さんの浅黒い顔だった。

 

ぼくは、高村同盟とデカデカとマジックで書かれた薄緑の表紙のノートのページに、上地智彦と書き、その横に、浜崎幸子と書いた。