『なぜ、浜崎さんは一緒に帰ろうなんて言い出したんだろう』、考えてもわからないそんなことをぐるぐると考えながら、3階から2階、2階から1階への階段を降り、玄関にやってきた。その間、浜崎さんは何も言わなかった。
名前が書いてある下駄箱を前にして、ぼくたちは上履きからスニーカーに履き替えた。
こうして見ると、彼女は手足が細く、いくぶんひょろっとしていた、身長はぼくよりちょっと低いぐらいだったが、女子にしては高い方だ。
いつのまにか、陽は西の空に傾いていて、暑さが和らいでいた。そして、大きく開かれた出口から、涼しいそよ風が吹いてきた。
「うえっち、あのね」
「うん」
「ううん、何でもない」
髪を結んでいる黒いリボンが揺れた、眉根にちょっと皺が寄って苦しそうな表情を浮かべたような気がした。
けれど、一瞬の錯覚のようにたちまち消えて、またいつもの晴れやかな表情に戻った。
ぼくたちは並んでゆっくり歩いた。ぼくとはまっちの、はまっちとぼくの距離は、近いようで遠く、遠いようで近い感じがした。ただ、呼吸して歩くリズムは重なっていた。
校門を出ると、目の前に森がある。ぼくたちの町は、森と病院ばかりだ。何でも、ここは昔、結核の療養地だったらしい。
はまっちは、何気ない、クラスの話題を話しだした。乙姫先生のこと、女子の噂話、飼育小屋のうさぎのこと…
どうでもいいことなのに、ぼくはまるで貴重な宝石を鑑定する鑑定士のように、話に耳を傾け、心の中にしまった。
目の前の道路を右に曲がって、さらにもう一回左に曲がって、だらだら続く坂を上り切れば、はまっちの家はすぐだ。そう思うと、何だか、もっとゆっくりゆっくり歩きたくなった。
けれど、空に巣に帰る鳥の群れが横切り、気がつくと、はまっちの家の前まで来ていた。
二階建ての大きくもなく小さくもない、新築の家。2階のベランダにはたくさんの洗濯物が干してあった。
「じゃあ、うえっち。また明日ね」
急に、家の中から男の人の怒鳴り声が聞こえたような気がした。
はまっちは固まって、小刻みに震えていた。
ぼくはどうしていいか、何を言ったらいいかわからなかった。ただ、ひたすら、呼吸を合わせていた。胸の奥がキリキリと痛んだ。
しばらくすると、はまっちは大きく息を吸って、小さな声でつぶやくように言った。
「もう、大丈夫。ありがとね、うえっち」
ぼくは何だか、泣きそうになってしまった。
「じゃあ、今度こそ、またね」
身を翻して、明かりのついていない家の中に吸い込まれるその瞬間。
「今度、秘密基地に行こうよ」
彼女は、もう一回、こちらを振り返って、いつものあの静かな微笑みで首を傾げながら、でも言った。
「いいよ」