ぼくはとんでもない誓いをしたような気がしていた、これからはまっちとどうなるんだろうと胸を高鳴らせてもいたが、学校でのはまっちはまったく変わらなかった。
「おはよー、うえっち」
いつも通り、彼女はぼくより遅くやってきて背中をバシンと叩く。はまっちはいつものはまっちだ。ぼくは、ぼくだけ、その瞬間、あの時の背中をさすってくれたはまっちの温かな柔らかな手を思い出して赤面する。割に合わないな。
「のり悪いよ、うえっち。えっちなこと考えていないで、元気に行こうよ」
快活そうに笑うはまっちを見ていると、小屋でのことはやはり全部幻だと思いたくなる。
でも、背中には、あの時の優しい感触が確かに残っている。
もちろん、誰かに相談しようとしてもできない。
『ぼくたちは秘密の契約を結んだのだから』、心の中のこの言葉を言ってみただけで頭がくらくらする、生まれて初めての感覚。言葉に魔法がかかっているようだ。
ぼくは俄然、勉強しなくてはという気持ちになった。といっても、何をやっていいかわからないので、白いブラウスを着ているはまっちの後ろで、まだ授業も始まらないのに、算数の教科書を取り出して、問題を解き始めた。
何もかも忘れて夢中に解いていると、はまっちが急にぼくの方を振り返った。
「勉強してるの?やる気になった?感心、感心。男の子はそうでなくちゃね」
言葉はいつものはまっちだったが、声の調子があのはまっちを思い出させた、懐かしい優しい響だった。
顔をあげて見つめると、瞳を見つめると少し潤んでいるように見えた。
「いくら、わたしが可愛いからと言って、そんなに見つめちゃダメでしょ、アハハ」
やっぱりそうだ。うわべの言葉とは違って、そこにはあのはまっちがいた。こっちを見つめているのは、はまっちのような気がした、そう思った途端、彼女は目を逸らした。
そうして、前を向き直って、ひとりごとのように言った。
「もうすぐ、夏休みね。夏休みなんてなければいいのに」
…
言葉の意味が痛いほどわかった、ぼくもそうだったから。家はもうぼくの居場所ではなかったから。はまっちもそうなのだろう。一体、夏休みを望まない小学生がこの世界に何人いるだろう。
『ぼくとはまっちの居場所はあの小屋しかないのかもしれない』
そう、心の中で思った時、
「ほんとにそう」
という声が前の席から聞こえてきた。
見やると、はまっちが他の女の子たちと話していた。
けれど、幼いぼくは自分の心とはまっちの心がつながっている気がした。