頭ではわかっているが、胸がしくしく痛み続ける。
ぼくたちは場所を変えて、パレードを見た。
座るところがなくて、縁石に座るしかない。ぼくは、はまっちのために、自分のハンカチをポケットから出して、縁石に敷いた。
「ここに座って、はまっち、じゃなくて浜崎さん」
「ありがとう、上地君」
『上地君』という言葉が心に突き刺さる。
「ほら、ハンカチの上を半分こずつして座ろうよ。上地君、もっともっとくっついて」
「そうだね」
そう言いながら、ぼくが動かないでいると、はまっちは距離を詰めてきて、体を密着させた。
はまっちの方を見ると、顔がすぐ近くにあって、息まで感じられる。
「…まつげ、とても長いんだね」
ぼくは浜崎さんという言葉がスムーズに出てこなかった。
「こんな近くで、そんなじっと見ないで、恥ずかしいから」
はまっちは顔を真っ赤にしている。そう、ぼくたちの体の距離は近い、でも心の距離はなんだかとても遠くなったような、そんな気がしてならないのは、ぼくが子どもだからなんだろうか?
すると、パレードはどんどん近づいてきて、目の前にやってきた。山車の上で、ミッキーとミニーが仲良く踊っている。
いっそ、ぼくもはまっちも大人になるのなんかはやめて、この夢の国で、ミッキーとミニーになって山車の上で永遠に仲良く離れずに踊っていたい、そんな気持ちに駆られた。
そんなことを思っていると、パレードはどんどん遠ざかっていく。音楽も小さくなっていく。
周りのカップルや親子連れも立ち上がってだんだんいなくなる。
ぼくたちは、なんだか、名残惜しくてそこに座ったままだった。
「そうだ、ミサンガまだつけてくれてるの?」
「つけてるよ、左足首に。ずいぶん、ぼろぼろになっちゃったけど」
「そっか、わたしのミサンガは切れちゃったんだ」
たちまち、心に黒雲が広がる。ぼくの表情を読み取ったのかどうか、はまっちは続けて言った。
「大丈夫よ。ミサンガが切れたということは願いがかなったということだから」
「願い?どんな願い?」
「内緒、いつか話すね」
はまっちはまっすぐ立てた人差し指を赤い唇に当てて、悪戯っぽく楽しそうに笑った。
唇が赤く艶やかなのは、リップでも塗っているのだろうか?
「上地君のミサンガはまだ切れていないんだね」
「うん、まだ切れそうにない」
「そう、どんな願い?」
「ぼくも内緒ということにしておくよ、まだミサンガも切れていないし」
「そうね、それがいいと思うわ」
はまっちはどこか遠くの方を見ているようだった、顔が茜色に輝いていた。時間は残酷にも過ぎて、夕陽がさしていた。
ぼくたちは、夢の国を出て、帰りの電車に乗った。
電車の中で、ぼくたちは疲れていたのか、それとも違う理由なのか、ほとんど話さなかった。
秋津駅で降りた。
ぼくはさらに電車、はまっちは徒歩で帰る。
「家まで送って行こうか?」
「大丈夫、近いから」
「そうだね、じゃあまたね、浜崎さん」
「また、塾でね、上地君」
そう言って、はまっちは改札口を出た。
後ろ髪ひかれる思いを振り切って、前に進もうとした時、後ろからはまっちの呼ぶ声が聞こえた。
「上地君!」
ぼくが振り返ると、はまっちは改札口のところに立ったままでいる。
「上地君、またね」
手をちぎれるばかりに振っている。ぼくも手を振りかえした。
「上地君、そうじゃない、うえっち、未来のいつかどこかで、またうえっちとはまっちに戻れるその日まで、さようなら」
はまっちの頬に涙が流れている。
「忘れないで、うえっち。うえっちのことが大好きだよ」
はまっちは大きな声で叫んだ。
「あの小屋で、心の小屋で、うえっちのことを待ってるから」
ぼくも泣きたかった。はまっちのところに引き返したかった。
はまっちはさらに手を振った、あの太陽のような笑顔で。
ぼくも精一杯の笑顔を返すと、向き直って、自分の道を歩き始めた。