ぼくと佐伯さんは、植木さんの後をそろりそろりとついて、教室に入っていった。
教室の前には、キャスターのついた移動式のホワイトボードがあり、木とスチールが組み合わされた長机と長椅子に、12、3人の生徒がもう座っていた。
植木さんと皆の前に、ふたりで立つ。
すると、何だか誰かにじっと見つめられている気がする、目の悪いぼくでもわかる。
「今度、新しく入った佐伯さんと上地君だ。みんな仲良くしてやってくれ。じゃあ、自己紹介を」
「佐伯紗奈です。東村山3中生です。よろしくお願いします」
佐伯さんには似合わず真面目な挨拶をする。
さて、ぼくの番だ。
「上地智彦です…」
そう言いかけた瞬間、
「うえっち」
女の子の声が前の右側から聞こえた。
ぼくをそう呼ぶ女の子は、この世にただひとりしかいない。
「はまっち!」
教室前の右側には、髪をセミロングにして、ジーンズにTシャツを着ている女の子がいた。小5の時のあの女の子とも、中1の時の公園で別れた女の子とも違う、でも同じはまっちがいた。
ぼくははまっちの視線に目を合わせると、もう言葉が出てこない。何だか、胸から熱いものが次から次から込み上げてきて、泣いてしまいそうだ。
もうはまっちはすでに涙を流している。
そして、隣にいる女の子ははまっちの背中をさすりながら、「よかったね」と言っている。
はまっちの右側の男の子はただただ、ぼくとはまっちを交互に見て、びっくりしている。
教室の他の生徒も何が起こったのかわからない様子だ。
はまっちとのいろいろな思い出が頭の中を、また、高速で駆け巡る。そのはまっちの顔は小5の時のはまっちの顔で、今、ここにいる、大人に近づいたはまっちの顔と違う。それでも、それでも、同じはまっちには違いない。
急に、はまっちは立ち上がり、ぼくの方に駆け寄り、両手ですっぽりとぼくの右手を覆い、言う。
「会いたかった、会いたかった、会いたかった。うえっち、どんなに、どんなに、どんなに」
涙がさらに溢れる。
「ぼくだって、はまっち。どんなに、どんなに、どんなに」
ぼくははまっちをハグしたい衝動に駆られたが、さすがにぼくらを見ている人たちの手前、憚られた。
植木さんは、手をパンパンと2回叩く。
「ふたりは知り合いだったんだね。再会の喜びを邪魔する気はないけれど、ごめんね。後でまた。じゃあ、授業に入るよ。佐伯さんと上地君は、左側の後ろの空いている席に座って」
はまっちはしかたなく、ぼくから離れて、自分の席に戻る。
佐伯さんとぼくが後ろの席に移動する時に、佐伯さんは誰にも聞こえないぐらいの小さな声でぼくの耳に顔を近づけてささやいた。
「よかったですね、部長。理想の君と再会できて」
そして、いきなり、ぼくの左腕を思い切りつねる。
とても痛い、だとするとこれは夢でも幻でもないのだ。