ぼくたちは、テーブルをはさんでイスに向かい合わせに座った。部屋からは前と同じような消毒液とカビの生えたような匂いがした。
「話って何?」
はまっちはストレートに聞いてきた。
「その…父親の事業がだめになりそうで、家を売らなければならなくなりそうなんだ」
「ということは…どうなるの?」
「引っ越しすることになる…かな」
はまっちは急にイスから立ち上がった。
「今すぐ?」
「今すぐじゃないよ」
「いつ?」
「わからないけど、たぶん、今年か来年の早いうちに」
「ということは…」
「卒業まではここに通うことになっている」
「もしかして…もしかして…同じ中学に行けないってこと?」
はまっちの顔が歪んだ。
「隣の市に越す予定だから、会いには来れるよ…いつでも」
…
「いやだ、いやだ、いやだ、いやいやいや」
はまっちは立ったまま、叫んで泣き出した。
いつのまにか、ぼくのすぐそばに立っていて、彼女の流す涙が僕の頭に流れ落ちてきた。
ぼくも立ち上がって、はまっちの肩を手でつかみ、揺さぶりながら言った。
「大丈夫だよ、大丈夫だよ、大丈夫だよ」
「大丈夫なんかじゃない、大丈夫なんかじゃない、大丈夫なんかじゃない」
はまっちの涙は号泣に変わった。
ぼくはどうすることもできず、思わずはまっちを抱きしめた。
知らないうちに、ぼくの頬も涙に濡れていた。
「いっしょにいるから、ずっといっしょにいるから」
「うえっちがいなかったら、またひとりぼっち。うえっちがいたから…」
ぼくはわけもわからず、ただ右手で背中をさすった。
もう言葉もなかった、ぼくも同じだったから。ぼくたちはふたりだったから、ふたりぼっちだから、地獄でもあたたかった。耐えられた。それがひとりになったら…
はまっちは嗚咽し始めた。ぼくは背中を優しくさする以外どうしようもできなかった。はまっちの涙と鼻水でぼくの胸はぐしょぐしょになった。
ぼくたちは、もう立っている力もなくて、左側のモスグリーンの古いソファのところまで行き、倒れ込むように座った。はまっちの頭を腿の上に、ぼくも前にかがみ込むように。
誰かが、何かが、ぼくたちを助けてくれるように、救い出してくれるように必死で祈った。
ぼくの意識は火をつけられた紙のように、一瞬で燃え上がっては跡形もなく消えていった。ぼくたちは悲しみに疲れ果てて、夢を夢見て、燃えさしのマッチを積み重ねる少年と少女でしかなかった。
そうして、ぼくたちはまた眠りに落ちていったのかもしれない。