無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 24〜綺麗な月

それから、ぼくたちはずっと黙っていた。あたりには多くの人がいたが、まるでぼくたちだけがもう完全に違う世界に、異次元にいるようだった。

来た時とは違うゲートをくぐり、駅で下りの電車に乗っても、まだ何も考えられなかった。はまっちとは並んで座っていたが、以前の距離よりもだいぶ近かった。心臓の脈打つ音がやたらはっきり聞こえた。

はまっちがぼくの方に身体を向けた。

夕陽が窓からさしていて、はまっちの顔を照らしていた。黒目がちの目はきらきらと、間隔を置いて、輝いた。ちょっと開けてある窓から風が入ってきて、はまっちの額を撫でて、髪をゆらした。

ぼくは『美しい」と思った。けれども、その言葉は子供のぼくには重過ぎた。

はまっちの方から沈黙を破った。

「ねえ、誕生日しない?」

誕生日という言葉は、ぼくの心に苦かった。苦味がさっとぼくの心に広がった。でもぼくははまっちに悟られないように言った。

「何の誕生日?」

「私たちの…初めて…した日の…」

はまっちは頬を赤らめて言った。

ぼくの心にあった苦味は一瞬で、言いようもない甘味に変わってしまった。そして、少し落ち着いてきたのに、また、心臓は胸から飛び出す勢いになった。

「うん…」

ぼくの言える精一杯の言葉だった。

 

清瀬駅の南口で改札を出ると、すぐ目の前に昔からのケーキ屋があった。誕生日を一度も祝ってもらったことのないぼくはケーキ屋の存在は知っていたが、もちろん入ったことはない。

入るのに少しためらった。

「さあ」

はまっちはそう言って、ぼくの手を握ってひっぱった。

照明を反射してピカピカ光るケースの中には、大小さまざまの色とりどりのケーキが並んでいた。ぼくには眩しくて目をそむけたくなった、心のマッチを擦って夢見てきたものがそこにある。

はまっちはありふれた、4号の純白のストロベリーデコレーションケーキを選んだ。

髪をお団子にした親切そうな女性の店員がきいてきた。

「ろうそくはつけますか?」

「一本で」

女性はちょっと首をひねったが、それ以上、何もきいてこなかった。

ぼくたちは店を出て、まただらだらと続く裏道を通って、あの小屋へと帰っていった。もう日が暮れていた、空をいつの間にか雲がおおっていて月も見えなかったが、ぼくたちの心には綺麗な月が照っているようだった。

はまっちはケーキの箱を胸に抱えながら、笑いながらぼくの方を見て言った。

「今日は、月が綺麗ね」

ぼくははまっちがそんな言葉を知っていることにドキッとし、ぼくの考えていたことが見透かされていることに驚いた。