夢を見た。
ぼくは母親に無理矢理、旅行に連れて行かれることになっていた。
旅行に出かける時間は午後1:30。それまでに家に帰らなければならない。
ぼくはなぜか、秋津駅から住宅街を通り抜け、薄暗い大きな森の中に入っていく。ひとりで迷路のような道を歩いているが、ぼくの右手にははまっちの手の温もりを感じている。
ずんずんと進んでいくと、他のところに比べれば明るい草むらがある。背の高い薄緑色の草が茂っていて、道と言えるようなものはない。
ざっざっと草をかき分けて、空の太陽を頼りに検討をつけて進む。時間もどんどん迫ってきているようだ。
鋭い葉が手や頬にあたって、血が流れているが、ぼくはおかまいなしに進む。茂みはさらに密集してきて、再び、あたりは暗く、視界も狭くなっていく。
もう、これ以上進めないと思ったところで、急に草むらが消えて明るくなった。
前が開けた。花壇があり、きれいに刈り込まれた芝生があって、ぼくはホッと一息つくが、向こうを見渡すと、ぞっとすることにここは霊園だった。
『墓の間を行かないとならないのか』
びくつく心を抑えて、墓地に足を踏み入れると、思ったのとは違って、空気は澄んでそこは静寂に満ちていた。歩いているうちに、ぼくの心にも静けさが満ちてきて、透明になっていく。
ぼくは墓をひとつひとつ見ていく、色々な形、色々な大きさの墓石があった。さらに、墓石の前にはお菓子だったり、お酒だったり、花だったり、色々なものが備えられていて、そこだけが妙に鮮やかだった。
ふいに、鳥が飛び立つ音がして、そちらの方向を見やると、目が真っ赤な女の子がこちらを見つめている。
ふだんだったら、ぎょっとするのだが、そんなこともなく、近づくと、大きな墓石に女の子の顔のレリーフが彫られていて、目の部分がどういう加減か赤くなっているのだった。
「わたしたちの愛する智子へ
お父さんとお母さんは、いつまでもいつまでもともちゃんの部屋をそのままにして、待っています」
ぼくと似たような名前。この子は両親に愛されていたのだなと思いつつも、羨ましいとは思えなかった。
祖父にもらった腕時計を見ると、もう1:30になっていて、母も父も怒っているに違いない。
墓地を通り過ぎると、大きな道路があって、その脇に赤い屋根の小さな家があった。
ぼくはドアを開けようとするが、玄関のドアには蝉の抜け殻がついている。
玄関に入り、靴を脱いで、リビングに入ると、「帰ったの?」という声がして、あちらを向いて体を拭いている女性がいる。
浅黒い滑らかな肌、背骨が美しく浮き出た、まっすぐな背中。
背中から目が離せない。
「待っててね」
ぼくはやさしく背中に手を触れた。
下着が冷たくなるのを感じて目が覚めた。