「あのね、藤堂さん」
わたしは、藤堂さんの優しさに心が解きほぐされたのか、今までのことを語りたくなった。
「藤堂さんじゃなくて怜でいいわ、浜崎さんも幸子でいい?」
「ええ」
「幸子、あなたが言いたいと思ったことは何でも言っていいわ。でも、無理をしないと言えないようなことは言わなくていいのよ」
怜の大人っぽい語り口に驚いたが、その裏にある温かさがじんわりと伝わってきた。
「怜、ホームルームの時のこと覚えている?」
「ええ」
「男子にからかわれたこと」
「そうね」
怜の表情は変わらない。好奇心で聞いていないのがわかる。深海で話しているように静かで、わたしの言葉が吸い込まれていく。近すぎないが、遠すぎもせず、この距離感が快い。
「あれ、半分本当なの」
「半分?」
「そう、彼氏かわからないけど、わたしにはとても大切な人がいることは本当」
「幸子にとってとても大切な人なのね」
怜は瞼を閉じた。
「その人は引っ越しして、別の中学に通っているの。だから、今は前のようには会えなくて、何だかとても寂しい」
「とても寂しいのね」
「そう、いつか、何も気にせず、自由に会える時が来たら…」
怜は紅茶を一口飲んで、それから目を開いて、わたしを見つめた。
「願いは必ずかなうわ、願いを心の空に輝かせ続けるなら」
「願いを…輝かせ続ける…心の空に?」
「そう。もしかしたら、もう幸子の心の夜空に、その星は輝いているかもしれない」
わたしは目を閉じてみた、何だかジンジンとする胸の奥に、夜空があって、星がひとつだけ輝いているような気がする。
「確かに、そんな気がする」
「…その星が幸子をちゃんと導いてくれるわ、あなたが望むところに」
胸のジンジンが強くなってきて、涙が目にまで溢れてきた。
わたしは、怜に、自分の家のことも話した。パパとママのこと、パパが最近、帰ってこなくなったこと、それからママが寝込んでいること、すべては自分のせいだと思うことを。
怜は他の友達のように、『かわいそうだね』とか『つらいね』とか『大変だね』とかは一切言わなかった。ただ、淡々とわたしの話を聞いてくれた、わたしの言葉がそのまま、ありのまま、怜の心の中に吸い込まれていく感じだった。
わたしは、自分の寂しさも、悲しさも、自分を責める気持ちを忘れてただぼーっとしていた。それから、どれだけ時間が過ぎたことだろう。
「今度、一度、幸子の大切な人に会わせてくれない?」
とポツリと言った。
一瞬、どんな意味なんだろうと思ったが、また心地よい状態に、知らないうちに包まれていた、心に星が輝いていることだけ感じながら。