わたしは家に帰ると、ショックのあまり、布団に飛び込んだ。そうして、布団をかぶったまま、むせび泣いた。ママは「どうしたの?」と言ってくれたが、何も言えなかった。
ママは私の代わりに夕食を作ってくれた。
「幸子の大好きなハンバーグよ」
白いお皿には、デミグラスソースのかかったハンバーグとベイクドポテト、甘いニンジンのグラッセまで添えてある。わたしが泣いている間に、手間と時間をかけて作ってくれたに違いない。ママがこうやって料理を作るのは久しぶりだった。そして、わたしの好きなものを作ってくれたのは、本当にうれしかった。でも、胸に何か詰まっているようで、一口食べてもなかなか飲み下せない。
「今、おなかいっぱいだから。また後で食べるね」
「幸子、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ただ、ちょっと、寝るね」
今は、古びたアパートに二人暮らしだから、もう自分の部屋というものがなかった。
それで、また、布団の中に潜り込むしかない。
『あの女の人は誰なんだろう?』
『うえっちの恋人?』
どう見ても、あの女性は中学生には見えなかった。高校生、ひょっとすると大学生?
綺麗で、とても知的に見えた。それに比べて、わたしは…
『もう、うえっちはわたしのことなんて忘れちゃったのかもしれない、これっぽちも覚えていないのかもしれない。そうでなくちゃ、あんなモデルみたいな人と、あんなに親しげに話せるわけない』
うえっちの隣、あそこがわたしの場所、わたしの特等席だったのに、あそこに今は違う人がいる、もうわたしの場所なんてない。
嫌、嫌、嫌。
夢で、別れ道なんて選ばなきゃよかったの?
選ばなかったら、ふたりともずっと永遠に小学生のままで、あの小屋にずっといられたんじゃないの?
そうしたら、わたしたちの物語はあそこで終わって、おとぎ話のお決まりの文句で、「ふたりはその後、ずっと幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」でハッピーエンドで締めくくられたんじゃないの?
そうじゃなくても、高村君と花岡さんみたいに付き合っていたら、よかったのかもしれない。
でも、そんなことでどうにもならないことはわかってる。実際、もう高村君と花岡さんは別れている。
この前に、と言ってももう1年も経っているけれど、公園で会った時のうえっちのそっけない態度を思い出す。
もう、いっそのこと、ミサンガも取ってしまおうか?
わたしは、左足首についている青いミサンガに手をかけた。
その瞬間、
『ねえ、幸子は…ずっと続く関係を望んでいるの?』
という怜の声が頭の中に響いてきた。
わたしは手をとめて、独り言のように心の中でつぶやいた。
『ええ、そうよ、今も』