それから、佐伯さんは、ほんとに飼い主につきまとう子犬のようにぼくの後についてくるようになった。ぼくの評判というと、これまでもひどいものだったが、もう完全に地に落ちた、曰く、「二股野郎」「ハーレムを作っている最中」だとか、さらに口を出すのがはばかれるものもあった。
そんなわけだから、クラスでは、ぼくはもう完全に無視されるようになった。まるで、透明人間、いても数に入れてもらえない。担任の先生にも嫌われているようで、一緒になって無視してくる。さすがに、そこまでだと胃がキリキリ痛む。
ぼくはクラスでは全く針の筵なので、とにかく、授業が終わればもちろん、朝に鍵を開けて授業が始まる前も休み時間も部室に避難する。
そうすると、必ずそこに、佐伯さんがいる。
佐伯さんはぼくを見かけると、主人の帰りを待ちわびていたように、笑顔になって、
「部長〜」と言い、机をくっつけてくる。
あざとさに慣れてしまったのか、それともほんとにそうなのか、いつの間にか、ぼくは佐伯さんは、中身はごくごく普通の、ただひどく寂しがりやの女の子だと思うようになった。
佐伯さんが、始終、部室にやってくるようになったので、他の女子ふたりは来なくなるのではないかと心配したが、そんなこともなかった。佐伯さんとは明らかに距離を置いてはいるが、彼女らは彼女らで、再び、自分のことに集中するようになっていった。
その日の放課後も、女子ふたりは先に帰り、佐伯さんとぼくだけが残された。
「今日も一緒に帰りますよね、部長?」
佐伯さんは、小さなぬいぐるみやら何やらゴテゴテとつけた鞄に、これも宝石箱かと思われるぐらいにデコった筆箱をしまいながら、言う。
今どき、筆箱を使うなんて珍しいなと思いながら、ぼくはそのことには触れなかった。
「今日はだめ、用があるから」
佐伯さんは、お決まりのように、頬をぷーっと膨らませる。この短い間にその動作を何十回見たことだろう。
「用って何ですか、女に会いに行くとか?」
ふざけて言っているのはわかっているが、相変わらず、ぼくがむっとすることを言うのがうまい。
「女じゃないよ」
ぼくは努めて冷静に答える。
「わかってます、神楽坂さんでしょ」
「そうだよ」
あっさり答える。
「沙奈は部長のこと、ぜーんぶわかってるんですから」
おいおい、その言い方はやめろと言いたくなる。
「だから、今日はひとりで帰ってくれ」
「沙奈も一緒に行ったらダメですか?」
こいつは一緒に行ってどうするつもりだろう。神楽坂さんと佐伯さんが一緒にいるところを想像してみた、どう考えてもミスマッチだ。
「…」
「お邪魔はしないので」
「お邪魔も何も、そんな関係じゃないから」
「わかってます、だったらいいですよね?」
何だか、佐伯さんの言葉にうまく嵌められたような気がする。こいつは思ったより、ずっと賢いのかもしれない、などと考えていると…
「さあ、急ぎましょう、善は急げと言いますから」
ぼくの袖を引っ張って言う。