うえっちに手紙を書いてから、わたしは返事が来るのを、毎日、待っていた。けれども、返事はなかなか来なかった。
けれども、時は歩みを止めることなく過ぎていった。
うえっちはわたしの隣にはいない、でもうえっちに似た福井君は隣の席に座っていた。
わたしは福井君に借りた本を読んで、彼に返し、また彼がお勧めの本を貸してくれて…ということが続くようになって、あの学校のゴミ置き場の横で並んで話すことが多くなった。
「ふつうの家に憧れるよ、浜崎さんの家のような」
福井君はつぶやくように口にする。わたしはすぐには答えられない。
「…わたしの家もふつうじゃないわ」
「えっ、どういう意味?」
「福井君が思い描いているような、ふつうの家じゃないわ」
「だって、浜崎さんを見るとそうとしか思えない、ふつうの幸せな家」
わたしはちょっといらいらしてしまった。
「ママとパパは離婚したし、それはわたしのせいだから」
「…」
福井君は、大きく目を見開いて、何も言わなかった。遠くで、野球部がランニングしているのか、その掛け声が耳に入ってくる。何だか、それが余計、わたしをざわつかせる。
わたしは、何だか、心の底まで吐き出すように、ママとパパと自分のことを福井君に話してしまった。もちろん、うえっちのこととあの小屋でのことは話さなかったが。
その間、福井君は、羊飼いを信頼して毛を刈られる子羊のような顔をして聞いていた。
「そうなんだ、知らなかったよ」
「ふつうなんかじゃないでしょ?」
「ぼくだけが、ぼくの家だけがふつうじゃないと思っていたよ」
福井君と話していると、どうしても福井君がうえっちに思えてしまう。そして、もしかしたら、うえっちにぶつけたい気持ちを福井君にぶつけているのかもしれない。何で返事をくれないの?どうしてわたしに会いに来てくれないの?わたしはうえっちが必要なのに、またあの小屋にふたりで帰りたいのに。
もちろん、福井君はうえっちじゃないから、そんなこととはまるで関係ない。関係はないが、どうしても…
「…どれだけ、ふつうということに憧れてきたか…」
わたしは聞こえるか聞こえないか、わからないぐらいの声で言った。
「そうだ、今度の日曜日空いていない、浜崎さん?」
急にハッとして、その言葉を聞いた。いきなり、デートのお誘い⁈ 福井君、頭どうなっているの?
「そういう意味じゃないんだ」
わたしの表情を読み取ったのか、福井君はあわてて言った。
「教会のミサに来てほしいんだ」
わたしはさらに驚いた。わたし、宗教に勧誘されてるの?
「そういう意味でもないよ、ただ、ふつうではないってことを知る浜崎さんに家がどんなふうにふつうじゃないかということを知ってほしいだけなんだ」
彼の言っていることは、わからないようなわかるようなことだった。でも、何だか、見てみたい気もする。ふつうではないわたしの家以外の家。
「怜と一緒なら…いいよ」
わたしはその申し出を承諾してしまった。