それから、わたしは毎日のように、怜と家に帰っている。そう言えば、小学校の頃はうえっちと帰っていたんだなあと思い出さずにはいられなかった。
もうすぐ、ゴールデンウィークになる。うえっちの顔を1か月近くも見ていないなんて、初めてのことだった。
『本当に大切な人は離れてみてわかる』とどこかで聞いたような気もするけれど、こんなにうえっちがいないと胸がひりひりするのは、自分にとってうえっちがどんなに大切な人なのかあらためて思い知らされる。
『うえっちは単なる同志なんかじゃない』、それ以上の何か、自分にとって大切でたまらないもの。
といっても、高村君と花岡さんのようにつきあっているわけではない。つきあうという言葉は何かしっくりこなかった。
「幸子、何か考えごとしてるの?」
私は、はっとして怜の顔を見た。そうだ、わたしは、今日も怜と家に帰っていたのだった。
「ちょっと、考えごとしてた」
「幸子の大切な人のこと?」
『大切な人』という怜の言い方が心地良かった。
「そう」
「そんなに思っているなら、会ったら?」
「そんなに簡単にいかないの。まず、手紙を書いて、花岡さんに渡して、高村君に渡して、高村君から…」
「ストップ!そんなことしなくても電話すればいいわ」
「でも、彼のお母さんが出たら…」
わたしは彼という言葉を言って、頬が赤くなるのを感じた。怜にはまだあの事件のことは話していない。もちろん、話さなくても周りから聞いて知っているかもしれない。
「出たら、出た時のことよ。出たら、それはそれで電話をきればいいんじゃない」
そんなふうに言える怜が羨ましかった。
「わたしはそんなに強くないもの」
「大丈夫よ、わたしが一緒にいるから。だって、会いたいんでしょ?」
「会いたいわ」
…
その後、どういう成り行きだったのか、怜はわたしの家に来ることになった。パパもママもいなかった。家の中を案内しながら、わたしは何だか見せてはいけないものを怜に見せているような気がした。それでも、それでも、誰かに自分の内面を知ってもらいたいという強い気持ちはそこにあった。
わたしがうえっちに電話するとき、怜はわたしは寄り添ってくれた。
無事にうえっちが電話に出てくれて、うえっちの懐かしい声を聞いた時、何だかわたしは泣いてしまいたくなった。
うえっちと日曜日の午後2時に清瀬中央公園のあのベンチでと約束することができた。
ただ、怜の名前を出した時に、うえっちの声の調子が変わったようだった。思い過ごしだといいけれど。
そして、電話を切る前、うえっちのお母さんの声が聞こえて、なんだか背骨に氷の剣を差し込まれた気がしてならなかった。
それでも、うえっちと会える、その思いが膨らんで、他のことを圧倒していった。