「ああ、あれね、授業がつまらなすぎたから」
福井君は、授業中、ああいうふうに関係のない本読んだり、寝ていることもある。それなのに、成績はトップクラスで正直、うらやましい。
「ところで、何の本、読んでたの?」
「それ聞く?」
「聞いているんだから教えてよ」
「それなら、教えてあげようかなあ。隣の席に座っているよしみで」
福井君は、たいそう勿体ぶって言う。
「えーと、狐狸庵先生のぐうたらシリーズ」
「何それ?」
あまりにふざけている名前なので、思わず笑ってしまう。
「えっ、狐狸庵先生、知らないの?」
「誰それ?」
「ほら、ダバダーってインスタントコーヒーのCMに出てる人」
私は、黒メガネをかけていて、額がだいぶ後退したおじさんが思い浮かんだ。
「あの人って、そんな名前だっけ?」
「もちろん、作家名じゃないよ、作家名は遠藤周作」
「ああ、遠藤周作聞いたことあるわ」
「ぐうたらシリーズ、面白くて、おかしくて。読んでると、どうしても笑っちゃって、家の人が不審がるから、布団に潜って懐中電灯で照らして読んでるんだけど、それでも笑いがこらえられなくて…」
「そんなに面白いの?」
「ヘタなお笑いよりずっと面白いよ」
「それで、わざわざ国語の時間中に読んでたわけね」
「そうそう、つまらない授業を少しでも有効に使おうと思ってね」
なんて人だと思いながらも、福井君に何だか興味が惹かれる。でもうえっちのことがちょっと頭をよぎる。
「今度、貸してよ」
「いいよ、明日持ってくるよ」
わたしはもう少し話していたいと思った。それで話を広げようとした。
「ところで、遠藤周作って、他に小説は書いてないの?ぐうたらシリーズだけ?」
「うん、書いてることは書いてる」
なんか、福井君の声が心なしか、小さくなってトーンダウンしたような気がした。
「どういうこと?」
「カトリック作家と言われていて、『沈黙』とか暗〜い小説も書いているんだ」
「カトリック?」
「カトリックだよ、キリスト教のカトリック教会のカトリック。知らない?」
「まあ、厳密に言うと違うんだけれど、そんなものかな」
福井君は、ますます真面目な顔になった。
「それで、福井君はその暗〜い小説も全部読んだの?」
「読んだよ、一応。家に全部あるからね」
「そうなんだ、すごいね」
「すごいというか何というか…家がカトリックだから」
最後は本当に蚊の鳴くような声で言った。
「カトリック!じゃあ、お祈りとかするんだ」
「まあね」
福井君は苦虫を噛み潰したような顔をした。わたしは何かいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
「そろそろ、戻ろう」
福井君はぼそっと言った。