ぼくが蹴った小石はまっすぐ転がるかと思われたが、途中で曲がって傍に転がっていった。
ぼくは大人になりたいのだろうか?
ほんとのところはどうなのか、自分の気持ちがわからない。
中3になると、なんだか時間の流れが急に速くなったようだった。
慌ただしく毎日が過ぎていった。
学校と文芸部と塾の往復を繰り返すだけだった。
文芸部は、ぼくが部長のままだった。岡本さんが卒業して、ぼくと佐伯さんと伊藤さんが3年生、あと佐藤さんという2年生と田中君という1年生が入った。
佐藤さんと田中君は、昔の僕たちのように文庫本を読んだり、何かをノートに書きつけていたが、ぼくたち3年生は文芸部の時間でも受験のための勉強をしていた。
そして、佐伯さんと帰り、家に帰ると無限塾に向かう。
ぼくは家にいるのが嫌だったので、ほとんど一番乗りで塾の自習室に行くのだが、それよりだいぶ経って、はまっちと藤堂さんと福井君が仲良さそうに入ってくる。
はまっちと挨拶を交わして、はまっちのぼくを見る優しい視線と笑顔に、ぼくは砂漠の旅人が一杯の水を得たかのように元気づけられて、また勉強に没頭する。
それから、更にしばらくすると、佐伯さんがぼくの隣にやってきて、机にどさっと鞄を置き、テキストを開く。
そして、塾の授業、無限塾は変な塾という評判だったが、さすがに3年生になってからは、受験を意識した授業になっている。
ただ、呼吸合わせをして、時折、先生たちが話すエリクソンの逸話が僕たちの心を和ませた。
そう言えば、学校では、当然ながら3年生になって、クラスは変わったのだが、ぼくは新しいクラスで新しい友達もできていた。
ひとりは山田君、彼は柔道部で、姿かたちはいかにも柔道部という感じだったが、そんな外見?に似合わず、優しい心と繊細な神経を持ったやつで、いつも自然な笑顔が印象的だった。
もうひとりは深淵君、ふかぶちと読む。みんなにはしんえん君としか読んでもらえなかった。先生にさえそう呼ばれていた。彼は大のアニメ、漫画オタクだった。そして、いつもノートにはやっているアニメのロボットを描いていた。
山田君と深淵君も友達同士で、ぼくは勉強の息抜きに、3人でパン屋のすぐ近くにある山田君の家で遊んだ。
遊んだと言っても、深淵君が持ってきたアニメのビデオを見たり、ちょっとHな漫画を見てたわいもない話をするだけだったが、ぼくには貴重な時間だった。
あとは、友達と呼んでいいかはわからないが、クラスの席で隣の小山さん。
かなり背が低いが、とてつもないおしゃべりで、休み時間、授業中を問わず話しかけてくる。
「ねえねえ、こないだ、うちの店で番をしてたら、お客さんが来たのよ」
小山さんの家はお茶屋だった。
「そう、それで?」
「そしたらさ、お客さんがお会計の時に言うのよ、『お嬢ちゃん、大きいね』って。わたし、とってもうれしくって」
「よかったね」
「いやさ、それで済めばよかったんだけどさ。その後がね。『お嬢ちゃん、小5かい?』と言われたのよ、思わず、頭はたきつけてやりたくなったわよ」
ぼくはなんだかとてつもなくおかしくて、吹き出してしまう。小山さんは自分で言っていて笑ってる。
「おい、そこのふたり!」
そんなことばかりしているので、どの教科の先生にも始終、注意されるのだが、めげなかった。
時には、恋バナのようになった。小山さんは吉井君という他のクラスの男子と付き合っていて、その相談もよくされた。
また、ぼくも小山さんには隠すことなく、はまっちのことを話してしまう。
「はまっちさんって、上地君のことほんとに好きなのね。そうじゃないと、そんなこと言わないわ」
ぼくはうれしいような悲しいような気持ちになったものだ。