ファミレスで、その後も佐伯さんと話し続けたが、何だか話は盛り上がることも深まることもなく終わった。
何だか、核心に触れないで、周りをぐるぐる回っている感じだった。
僕は、その後も、学校と無限塾、そして新たに日曜日は、神楽坂さんの家で午前10時から2時間ぐらい、3人で練習するという毎日を続けた。
1学期のある日、僕は学校の廊下を歩いていた。
その時も、僕は心に話しかけていた。
『今日はびっくりするようなことがあるかもよ』
心はそんなことを言ってくる。
『心よ、それって何?』
『秘密、お楽しみ』
心の顔はどんなものかわからないけど、人差し指を唇に当てて悪戯っぽそうに微笑む姿が目に浮かぶ。
そんなふうに、心との会話に夢中になっていたためなのか、僕は誰かとぶつかった。
当たった感触で女子だとわかった。
「ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
「いや、あっ、はまっち、じゃなくて、浜崎さん?」
僕の目の前に、はまっちがいた。チャコールグレーのスカートとブレザーを身につけて、一段と大人っぽく見えるが、間違いない。
「…上地君?」
はまっちはまっすぐな瞳で、僕を見つめ返してくる。僕たちの視線はぶつかって、一瞬のためらいの後、相手の瞳にまで届く。
僕たちは、しばらくの間、何も言わなかった、いや、何も言えなかった。
それから…
「同じ学校だったんだ、気づかなかったよ」
催眠に夢中になってたから気づかなかったのか。
「私は、上地君が同じ学校ということは前から知ってたわ」
もしかして、はまっちは僕のためにこの学校を選んだのだろうか?
「いつから?」
「入学式の時から」
どうしようもなく、心がはまっちに惹かれるのを感じてしまう。現在のはまっちの顔を見ながら、小学生の時のはまっちの顔、中学生の時のはまっちの顔を重ねてしまう。
「なんで声をかけてくれなかったの?」
「約束の時がまだ来ていないから」
「そうか…そうだね」
そんな約束にこだわる必要なんて本当にあるのかと思いながら、でも納得せざるを得なかった。
「上地君、ちょっと見ないうちに大人になったのね、ほら」
はまっちは、僕の顔を指した。
「えっ、何?」
「うっすら、ひげが生えている」
あっ、そうか。今日はひげを剃るのを忘れていたんだ。
「浜崎さんは…うん、いや、やめておく」
はまっちは何だか、めりはりのあるスタイルになっていた。それ以上の表現は恥ずかしくて言えない。
「えっ、何?わかった、相変わらず、うえっちはえっちなんだから」
「うえっちって言わないって約束じゃなかった?」
大人っぽくなっても、はまっちははまっちなんだと妙に安心している僕がいた。