藤堂先生が下さったオハンロンの本には、催眠の基本的な技術が書かれていたので、僕は週に1度の神楽坂さんと佐伯さんとの練習で試してみた。
実際のところ、神楽坂さんと佐伯さんもこの本を購入して、3人でいろいろ話しながらやってみた。
「エリクソニアン催眠(ミルトン・エリクソンを源泉とする催眠)は面白いね、全然、催眠術と違うものだな」
神楽坂さんが前髪をかき上げて言う。
「この本を読むと、催眠ってあらためて人を驚かすためにあるんじゃなくて、人の隠れた能力や癒しの力を引き出すものだとわかりますね」
今は、ギャルの面影もか弱い女の子の面影もなくなった佐伯さんが言う。
何だか、本のことはふたりにシェアしたのだが、釘山さんに催眠をかけた時に口から出たスクリプトのことは黙っていた。
ところが、ふたりといつものように練習しようとすると、いつの間にか、僕の口からスクリプトが出るようになっていた。
「今のは何?」
そう聞かれて黙っておけるわけもなく、僕は、釘山さんの悩みは一切触れずに、スクリプトが口から出たことと、スクリプトについて知っていることを説明した。
「私もスクリプトを語ってみたいものだな」
神楽坂さんは、僕の方をまっすぐ見て言う。
「上地君、どうやってスクリプトを語れるようになったの?」
佐伯さんも、神楽坂さんに同調して言う。
そう言われても困る。一体、僕はどうしてスクリプトを語れるようになったんだろう。
『心よ、どうして僕はスクリプトを語れるようになったの?』
『私に聞けるようになったから』
『心よ、どういうこと?』
『スクリプトを語ることと私に聞くことは同じ』
そうか、瞬間、瞬間、心に聞いたことを口に出していけば、スクリプトになるということか。
僕は、ふたりに説明した。
ふたりは最初、ぽかんとしていたが、さすがにもう3ヶ月以上も催眠の練習を一緒にしてきただけあって、すぐさま僕の言いたいことを理解してくれた。
「そうか、普段、頭の中に聞こえるつぶやきは心の声とは違うことか」
「つぶやきを心の声だと勘違いしているところからいろいろな問題は生じるってことね」
僕は、彼女らの理解力に舌を巻いた。
「最初に、まず、心に邪魔を排除してもらうことから始めるといいよ」
僕は、藤堂先生に教わったことを思い出して、手順を説明した。
それから、1ヶ月ぐらいして、ふたりとも心に聞けることができるようになった。心に聞くことがスムーズにできるようになると、相手に催眠喚起をしつつ、自分もトランスに入り、自分がトランスに入ると、スクリプトの種であるメタファーが浮かび、さらには、メタファーが芽吹いて、スクリプトの物語が紡がれていく。
ふたりが、スクリプトを語れるようになって、僕たちはお互いがお互いのリソース(財産)を引き出せるようになったのかもしれない。