どういうことかわからないが、福井君も無限塾に入ることになった。
だから、わたしは、無限塾のクラスで、何だか一番前の席で、左に怜、右に福井君と並んで授業を受けている。
学校では寝てばかりいる福井君だが、なぜか、無限塾では起きてちゃんと授業を受けている。いつも苦しそうな表情をしていたが、ここでは、少し表情が和らいでいるように見えた。
植木さんは、英語の授業で、いきなり、脱線してくる。
「be動詞はおもしろい。これわかる?」と言って、ホワイトボードに、”God is.”と書いてくる。
福井君の目がちょっと輝く。
後ろにいる女の子があてられて、「神はです、なんか変な意味」と言う。
すると、すかさず、福井君が手を挙げる。
学校で、福井君が手を挙げることを見たことがないのでちょっと驚いてしまった。
「神は存在するという意味です」
「さすが、神父の息子だな」
植木さんは、いつのまにか、福井君に『神父の息子』というあだ名をつけていた。神父は結婚できないということだから、神父の息子というのはおかしなあだ名なのだが。
そう言われて、福井君が嫌がると思ったら、まったくそんなそぶりはない。むしろ喜んでいるように見える。
「こんな話があるそうだ、モーセという人が神にあなたのお名前は何ですかと聞くと、神は『私は在るもの(存在するもの)である』と答えたと。そうだな、福井」
「そうです」
「しかも、その『在る』というのは、何でも、静止しているような『在る』ではなく、絶えず、振動している、流れるような『在る』というらしい。神は、静止している存在ではなく、運動している存在ということになる。そして、興味深いことに、物体も素粒子レベルでは絶えず振動している…」
誰か、植木さんを止めてと言いたかったが、右を見ると、学校ではろくすっぽノートなんか取らない福井君が一生懸命にノートを取っている。
「イエスも自分のことを「"I am." 『わたしはある』と言ったそうです」
福井君は得意そうに言う。
「いいぞ、福井。それで、イエスは自分は神だと自称したことになって、冒涜罪になったわけだ」
植木さんは、”God is."の下に"I am."を書き加える。
わたしには何だかちんぷんかんぷんだ。
「それで、be動詞には『存在する、ある、いる、である』という意味があることになる。」
やっと、本筋にかえってきた。
まあ、確かに、これだけ蘊蓄を語られると、知識が印象深くなるのは確かだけれど。
植木さんが話している間、みんな呼吸合わせをしている。
これじゃ、変な塾と言われるのは無理はない。