ひとりの女の子がおりました。
ある日、女の子は湖のほとりにやってきました。
湖はどこまで澄んで、底まで見えるようです。
何を思ったのか、女の子は、服を着たまま、水の中に潜り始めました。
辺りは一面の青、魚も泳いでいません。ただ青一色の世界です。
さらに潜っていくと、水の色は紺に変わりました。
もっと潜っていくと、紫に変わりました。
上を見上げると、水面はぼうっと光っています。
『もう戻ってしまおうか』とも思いましたが、女の子はそのまま潜り続けました。
口からブクブクと空気が泡になって出ていきましたが、不思議に呼吸は苦しくないのです。
それで、一気に底の方まで潜りました。
湖の底の方の岩に挟まれたところに、鈍く光を放っているものが見えます。
『なぜ、光もないはずなのに、光っているのかしら?』、女の子は不思議に思いましたが、思い切って手を伸ばしました。
ずしりと重い金属の箱でした。
女の子は小脇に抱えて、水面の上へ上へと泳いで、そして、岸にあがりました。
岸の岩場に置いてみると、鈍い光を反射する鉛でできた箱のようです。
表面に、うっとりするような複雑な模様が彫刻されています。
女の子は、その箱を開けたいと思いましたが、蓋はしっかりと閉じられていてなかなか開きません。
力を込めて、全力でぐいっと押し上げると、微かな隙間ができます。
また、力を込めると、さらに隙間ができて、そんなことを繰り返していると、ついには蓋が開きました。
ところが、いざ、中を見てみると、何も入っていません。
からっぽなのです。
逆さにしても、振り回しても、からっぽです。
女の子は、さんざん、試みたあげく、岩のうえにその箱を置きました。
そのとたん、音楽が箱から鳴り出しました。
知っているような知らないような、懐かしいような初めて聞くような調べ。
そして、しばらくじっと聞き入って、目を開けてみると、
開いた蓋の裏が鏡になっていて、女の子の顔が映っていました。
そこに映っている女の子は何だか微笑んでいるようでした。
そして、また目を閉じて聞き入ると、いつのまにか、自分の心が音楽と共になっているような、いえ、もう箱は消えてしまって、心が音楽を奏でているようなそんな気がするのです。
今もその音楽は、心のオルゴールから鳴っているようなのです。