藤堂さんがしてくれた催眠で、僕とはまっちは何だかぼうっとしてしまって、加えて催眠の練習をすることはできなかった。
きっとまた、する時があるのだろう。
僕がはまっちに、はまっちが僕に催眠をかける機会が…遠からず将来に。
そんなわけで、僕たちはクリスマスパーティの準備を始めた。
カフェテーブルではなく、折りたたみテーブルを2つ出して、そこに料理を並べ始めた。
はまっちは、僕のタッパーを開けて、目を丸くした。
「ほんとにこれ、うえっちが作ったの?信じられない」
「そうだよ、ふだん、自分の食事を作り慣れてるからね」
そんなことを言うと、母のネグレクトに胸の痛みを感じると思ったが、不思議にもう何も感じな口なっている。むしろ、僕は胸を張って堂々と言った。
「やるじゃん、料理ができる男なんてかっこいい」
「そうかな?」
僕は知らないうちに満面の笑みを浮かべていた。
「じゃあ、私も出そうかな」
「何を?」
「ジャーン、どうでしょう?」
はまっちは、紙の手提げ袋から白い箱を取り出した。
「これって、もしかして?」
「もしかして、さあ、何でしょう?」
「クリスマスケーキ!」
思わず、声が裏返そうになる。クリスマスだからケーキなんて当然のはずだが、我が家ではそんなものはお目にかかったことないから。
「ほら、どうかな?」
はまっちは、箱をそっと開ける。白い生クリームでイチゴが飾られたデコレーション。
「もしかして、はまっちの手作り?」
「もしかしないでも、そうよ」
「まるで、売っているケーキみたい、いやそれ以上だよ」
「それはどうも、ちょっと頑張っちゃった」
「受験生なのに?」
「受験生なのにね、うえっちが喜ぶと思って、もとい、みんなが喜ぶと思ってね」
僕は、さすがに、目の端に涙が溜まってきていることに気づいた。
「もう、うえっちったら、大袈裟なんだから」
「大袈裟も何もね」
そんな会話をしていると、藤堂さんがキッチンから、オードブルの入ったお皿とチキンとお寿司を次々に運び、所狭しとテーブルに並べていく。
どうやらこれも手作りらしい。
「ずいぶん、仲が良さそうね」
僕とはまっちはお互いを見つめて、何だか赤くなってしまう。
すると、急に、ピンポンと家のチャイムが鳴った。
「彼が来たみたいね」
僕はちょっとびっくりした。
藤堂さんがお客さんを迎えに行っている間に、はまっちの耳元にささやいた。
「彼って誰?」
「ほら、無限塾で一緒だった、福井君って覚えてる?」
神父志望の、忍者みたいに黒づくめの姿の、生真面目な姿が頭に浮かぶ。
「福井君だったっけ」
「そうそう」
「でも、『彼』っていう言い方は?」
「そりゃ、付き合っているんだもの、当然よ」
「えー、藤堂さんと福井君が?」
「びっくりすることでもないわ、お似合いよ」
藤堂さんとあの福井君が…時代は確かに動いているのかもしれない。