(これはフィクションです。登場する人物、場所、団体など架空のものです)
それからの光は何だか、今までとは違うようだった。
違うようというのは、最初は私の前で、そしてしばらくすると今度は人の前で、感情が抑えられなくなるようだった。
火にかけられて蓋をぎゅうぎゅうに閉められて、蒸気を漏らさずにいたケトルが、もう耐えられなくなって、時折、蒸気が噴出するみたいだった。
まず、覚えているのは、あのことの後、私は、お茶の水駅のそばにあるビジネスホテルに光を送って行ったのだが、部屋に入るなり、光は私に激しくしがみついて泣き出した。
あんなことがあったのだから、当然だと思った。
そうして、それだけではなく、キスを求められた。
私は光にそっとキスをして、優しく抱きしめると、落ち着くのを待っていた。
けれど、光は予想外のことを口にした。
「私を…抱いてよ」
抱く?、これは私が今していることとは別のことを意味していることはわかった。
もちろん、クリスチャン同士の私たちが、結婚前にそんなことをすることは大きな罪だった。
「できないよ」
「何で?」
「わかっているだろ?クリスチャンなんだから」
「私を愛してないの?」
光は声を荒げて、私の腕を振り払った。
「愛しているよ、愛しているからできないんだ」
「嘘よ、私はこんなに傷ついているのに」
「わかっているよ」
「わかっていないわよ、今が人生でもっともあなたを必要としている時なのに」
光の声には確かな怒りを感じられた。
光はいきなり、服を脱ぎ出した。
そうして、自分の美しい胸を曝け出した。
「欲しくないの?」
「そういう問題じゃない。馬鹿なことはやめるんだ」
私は無理やり服を着せようとした。
そうして、もみ合っているうちに、光はまた激しく泣き出した。
「やっぱりは、私は淫らなのよ。川辺先生の言ったことは本当だわ」
光は自分の頬を拳で殴り出した。
その力は強く、私は止めることができなかった。
私はどうしたらいいか全くわからなかった。
そうして、いつの間にか、私も力いっぱい、自分の頬を拳で殴り出した。
「やめて、ともちゃん。何するの?」
光は自分の頬を殴るのをやめて、叫んだ。
「どうしたらいいかわからないから。光に何も与えることができないから」
私たちの声が響いたのか、隣の部屋から壁をどんどんと叩く音がする。
「わかった、やめよう、こんなことは。神様に祈ろう」
私たちは、床の上に跪いた。
「神様、こんな罪びとの私たちを赦してください」
そう祈ってしまうと、私たちは自分たちを責める思いから逃れられたような気がした。
そして、ベッドの上にあがって、手を繋いだまま、眠り込んだ。
もう、このまま、目が覚めなければいいのにと思ったが、目が覚めて、再び、自分を責める思いはやってきた。
私は次の日、東京駅に光を送って行った。