僕自身がトランスに入ったら、訳のわからない言葉が浮かんできた。
『開かずの箱』という言葉。
これは何だろう、開かずの扉というのは聞いたことはあるけれども。
自分でもよくわからないうちに、催眠喚起の言葉に続けて語り出していた。
「ある日、部屋が散らかっているのを見て、片付けがしたくなったんです。
そうして、本は本箱に入れ、いらないものを捨て、机の上もスッキリさせると、何だかさっぱりしたような気がしました。
部屋の中がきれいになると、今度は押入れも片付けたくなります。
押入れはもうずっとそのままにしてあったんです。
何だか、中を見るのもためらわれて、ただ、とりあえず使わないものを放り込むだけの押入れ。
いつかは片付けなくちゃと思いつつ、でもその勇気が出なかったんです。
それが、部屋をきれいにしたら、何だか押入れまでも片付ける力が自然と湧いてきて、押入れの引き戸をぐいっと引っ張ったんです。
戸を開けると、中から物がこぼれ落ちるほど、いっぱいに詰め込まれています。
私は、いるものの山といらないものの山に、何も気にしないで、大雑把に分けていきます。
最初はおそるおそる、そのうち、弾みがついて、思い切りよく分けていったんです。
不思議なものでいったん勢いがつくと、もうそうすることが気持ちよくなっていく。
今はいらないけれどいつか使うかもしれないなんて思って取っといたものを、いらない山に放り出すことができたんです。
そうして、どんどんと2つの山に分けていったんですが、最後の最後になって、金属の箱、クッキー缶のような箱が出てきたんです。
幼い字で『この箱は開けてはならない。開けると…』とマジックで書いてある。
どっちの山にも、このままでは分類することはできない、困ったなあと。
そうやって、腕組みして考え込んでいると、開けていた窓を覆っている白いレースのカーテンが揺れて、爽やかな風が心と体を吹き抜けていきました。
その瞬間、『そうだ、いっそのこと、開けてみよう』と思い立ったんです。
そして、金属の蓋を力いっぱい引っ張りました。ところがなかなか開きません。
そうやってしばらく蓋と格闘したのち、もう諦めかけて、いったん浮きかけた蓋を今は閉めておこうと押しました。
すると、反動で蓋は開いたんです。
蓋をとってみると、開ける前は何かが入っているような重みを感じていたのに、中は空っぽです。
ただ、箱の底が鏡になっているのです。
その鏡を見ると、見たこともない顔が映っています。
『これは誰?』と思ってみてもなかなか誰かわかりません。
仕方がないので、ただじっと見つめていると、自分がその顔を認識したのか、それとも映っている顔が変わったのかわかりませんが、鏡に映った顔は自分なのだということがはっきりわかったのです」
気がつくと、釘山さんが体が前に傾いて、半分、眠っているようだ。
「ひとーつ、心と体に爽やかな風が流れ込んできまーす。
ふたーつ、心と体がだんだん軽ーくなってきまーす。
みっつ、1回か2回か3回か、自分で決めた回数の深呼吸をしてすっきりと目を覚まします」
釘山さんは、目を開けた。
何だか、キョトンとしている。
「どうだった?」
「よく覚えていない。途中の催眠に入るところまではうっすら記憶があるんだけど」
「そっか」
「とにかく、ありがとう、何だか楽になった気がする」
そんな簡単な問題じゃないんだけどと思いながら、僕は微笑んだ。
公園を出て、同じ方向の電車に乗って、僕は久米川駅で降りた。
家に向かいながら、僕は自分が話した物語みたいのは何だったのだろうと思った。
「心よ、この物語みたいのは何?」
「それはね、催眠スクリプトだよ」