9月のある日、わたしはいつものように、怜を左、福井君を右にして、無限塾の教室で英語担当の植木さんを待っていた。
「何だか、新しい生徒が2人入るらしいわ」
怜には、塾の情報がいち早く入るらしい。
「どんな子なんだろう」
福井君は怜と一緒にいると、どうやらボケ役になってしまうらしい。
わたし自身は、どんな生徒が来ようが興味がさほどなかった。わたしが興味があるのは、今も思っているのは、ただ一人…
そんなわたしの心を見透かしたように怜が言う。
「サッチがいつも思っているのは、たったひとりだものね」
「そうね」
わたしも、もう何のためらいもなく言う。
「男子かな、女子かな?」
福井君は、そんなわたしにおかまいなく、つぶやく。
「何でも、女子ひとりと男子ひとりということだよ」
「そうなんだ」
「あなたが人間に興味があるなんて驚くわ」
「ぼくだって、興味があるよ」
「そう、神様にしか興味がないのかと思った」
また、ふたりで戯れあいトークを始めたので、わたしはちょっと置いてきぼりにされた気持ちになった…
「サッチ、もう授業が始まるわ」
いつの間にやら、わたしは物思いに耽っていたらしい。
この頃、うえっちの夢を多く見ている。どうも、その夢の中の自分とうえっちのシーンを、心の中で繰り返していたようだ。
薄い青のペンキで塗られた戸をガラガラと開けて、植木さんが入ってきた。
その後に、ちょっと派手目の女の子、ばっちりコーデを決めて、うっすらお化粧もしているらしい。Tシャツとジーンズを身につけているわたしは、引け目を感じた。
その後に、背が高い男の子が入ってきた。
その姿を見た瞬間、もうわたしの視線はその男の子に釘付けになった。
髪型は変わっているけれど、背丈も変わっているけれど、顔つきも変わっているけれど…それはうえっちに違いない。
そう思った途端、もう、たちまち、目に涙が滲んで視界が揺らぐ。わたしは必死で涙をこらえようとした。
植木さんが自己紹介を二人に促して、女の子の方が自己紹介を終える。
そうして、うえっちが自分の名前を言った時に、わたしは胸に込み上げる熱いものをもう抑えることができなくなった。
「うえっち!」
自分でもびっくりするぐらい、大きな声を出していた。
すると、うえっちも「はまっち」とわたしの名を返してくれた。
うえっちはわたしのことを忘れていなかった、それだけで、それだけで、それだけで、うれしくてうれしくてうれしくて。
涙は崩壊したダムのように一気に溢れてくる。
背中に温かい手を感じて、その手の方を見ると、怜がわたしを微笑みながら見つめている。
とんでもない感情が噴き上げてくる、ちょっとためらった。ためらって、もう一度、怜を見やると、怜は黙って大きく頷く。
わたしは思わず、立ち上がって、もう何の躊躇いも一切なく、まっすぐにうえっちのところに駆け寄った。うえっちの右手をすっぽりと両手で包む。
自分のありったけの思いを込めた言葉をうえっちにぶつけた。
うえっちも、同じ熱量で言葉を返してくれた。
それから、わたしは席に戻ったが、何だかよく覚えていない。再会の喜びが、わたしの全身をひたひたと満たしていた。
ただ、女の子とうえっちが後ろの席に向かって歩いていた時に、女の子がうえっちの耳に何かを囁いていたことと、うえっちの腕をつねっていたことが、一滴の墨汁のように、わたしの心の喜びに広がっていったことを感じていた。