無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 129〜U37 プロラクチン

次の日、学校に行ってみたが、佐伯さんは学校に来ていない、佐伯さんのクラスにも文芸部の部室にも姿を見せない。

昨夜会った佐伯さんの姿が頭にこびりついて離れない。

まるで、抜け殻のようだった。佐伯さんの残骸がそこにあるようだった。

『ぼくが佐伯さんを振って、はまっちを選んだから?』

胸が割れるように痛む。

国語の授業中だったけれど、教室の目の前の何気ない風景がヒビの入ったガラスのようだ。

もう耐えられなかった。

ぼくは、校舎の裏門を通って、文房具屋のそばにある佐伯さんの家に行くしかなかった。

昼間だから、ブロック塀の黒いシミが目立つ。

『いくら何でも、家の人がいるだろう』と思って、チャイムを押すのに戸惑う。

そして、右往左往しているうちに、引き戸がいきなり開いて、佐伯さんが顔を覗かせる。

相変わらず、青白い顔をしている。

「上地君?」

「なんで?」

「なんか来てくれる気がして」

「そうか、顔だけ見れたから戻るよ」

「待って、中に入って」

「あっ、いや、うん」

佐伯さんをこんなにしてしまっているのは自分だと思うと、何だか断れなかった。

昼間に見ると、家の中はもっとゴミ屋敷に近づいて見える。

「ひどいでしょ?」

「家の人は?」

「まだ、帰っていない」

「いつ、帰るの?」

「さあ、わからない。男のところに行くと、なかなか戻ってこないから」

ぼくはいけないことを聞いてしまったような気がして、無言でいた。

部屋に入ると、佐伯さんは制服のまま、ベッドに横になった。

「机の椅子を引き寄せて座って。一応、学校行こうとしたけど、力が出なくて」

普段の佐伯さんの口調と全く違ってしまっていることに改めて、驚きながら、ぼくは椅子に座った。

「昨日の夜、来てくれたんだよね?」

「うん」

「そうか、良かった。夢じゃなかったんだった」

「…」

「私ね、友達ひとりもいないから、上地君を失ったらまるでひとりぼっち。『大切な友達』って言ってくれたでしょ。ほんとは素直にうれしかったの」

その言葉に驚いて、佐伯さんの顔を見ると、いつものような化粧はしていなくて、リップさえも塗っていなかった。

ぼくは胸が締め付けられた。

「ほんとのことだから、ぼくも友達はいないから」

あらためて考えてみると、友達はいない。神楽坂さんは友達とは言えないし、はまっちを友達というのも違う気がする。

「そう、それなら、上地君にとって、私はただ一人の友達だね…うれしいな」

そう言っている佐伯さんの顔が赤い。

「佐伯さん、熱あるんじゃないか」

ぼくは佐伯さんの額に手を伸ばした。手を優しく払われたが、それでもぼくは額に触れた。

額はかなり熱かった。

ぼくは、押し入れの物の山から救急箱を取り出し、風邪薬を見つけた。

ただ、飲む前に何か食べるものをと、シンクの食器を洗って、ガスをつけ、卵がゆを作った。

佐伯さんは眠そうだった。

「友達なら紗奈と呼んでくれる?」

ぼくはためらったが、選択肢はない。

「紗奈、おかゆ食べて、眠るといいよ」

佐伯さんにおかゆを食べさせ、風邪薬を飲ませると、満足そうな笑みを浮かべて寝息を立てた。

ぼくは誰にも見つからないように忍び足で家を出て、学校に戻り、家に帰り、そして塾に向かった。

『何だか、母親のようだ』

そう思いながらも、とてもとても疲れていた。

そうだ、塾にははまっちが待っているんだった。