無意識さんとともに

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自分の未来を着実に創造していくためのスクリプト

将棋指し

 

私は、将棋指し、棋士だ。

今、目の前に見えるのは、けやきの木でできた将棋盤。

そして、脇には、先人たちの棋譜

将棋の駒を取って並べると、パチリと音が響く。

心にも音のこだまが響いている感じがする。

名人の棋譜を見て、その通りに相手の陣を並べていく。

外から小鳥の声が耳に聞こえる。

爽やかな感じが体を包む。

そうやってひとつひとつの駒を並べていくと、名人の陣が相手側に浮かび上がる。
自分の吸う息、吐く息のかすかな音がする。
駒を握る指先に木の感触を感じる。
盤面に整然と並べられた陣形を見つめる。
思わず、すごいなとつぶやいてしまう。
自分の着ている和服の着物の感触を感じる。

陣形を見つめているうちに、いにしえの名人を目の前に想像する。

 「よろしくお願いします」とお互いに掛け合う声が心の耳に聞こえる。
正座している足に座布団の感触を感じて。
名人は口元に微笑みを浮かべて、将棋の駒を進める。
将棋盤に心地よい音が響く。

私の心臓が何だか高鳴るのを覚える。
私もまた、相手の名人を見つめながら、駒を進める。
自分の瞬きの音さえ聞こえるような気さえして。
ピリリとした空気の中にもなんとも言えない爽やかさを感じて。
名人は余裕の表情を顔に浮かべながら、さらに駒を進める。

歩は私の陣に来て、裏返って金になる。

その駒の裏返る音さえ、静かな空間に波動を投げかける。
私は、微かに開いたガラス戸の隙間から吹いてくる微風さえも頬に感じて。
私の駒もまた、名人の陣に入り、相手の陣の駒と混ざり合う。
「うーん」と相手が言う声も聞こえて。
私は額の汗を拭う。
私の目は集中して盤面から離れない。
相手が手を伸ばすその時の衣擦れの音さえ聞こえているのかもしれない。
私の脳はフル回転して、自分のはるか先まで打つ手を読もうとしているその感じが快い。
将棋盤の上で、私の駒と名人の駒ががっぷり四つに組んでいる。
名人は、私を見つめながら、「なかなかやるな」と呟いてくる。
私の袖の端が将棋盤に当たるのを感じながら、次の一手を捻り出す。
名人は手をあげる。
そして、「休憩」と言う。
私も休憩して、炭酸水を口に含む。そのシュワシュワが口の中に広がる。
しばらく休んで、名人も顔色がバラ色になっている。
鳥の声が再び聞こえて、ハッと気づくと、
夕陽が障子から差し込み、涼風が隙間から部屋に入り込んでくる。
名人はまた、チラッと私を見つめてくる。
「再開しよう」と言い放つ。
体と心が回復した感じを味わいながら、姿勢を正し、また盤面に向かう。
盤面は渾然一体。
名人の吸う息と吐く息の息遣いが聞こえ、私の吸う息と吐く息の息遣いが重なって聞こえる。
こちらの心と向こうの心が、まるで一期一会のお抹茶の入った茶碗を手に感じて、回しているようだ。
そして、目の前から盤面が消えてそこに広がるのは無の世界。
私の心臓の音と名人の心臓の音が重なるようだ。
二つの音叉のように、名人の存在と私の存在が共鳴しているのかもしれない。
お互いの力を尽くして、盤面の駒が動かない。
その時、外から笛の音やら太鼓の音やら賑やかな音が聞こえてくる。
私の心はその音に乗せられるお神輿のようだ。
名人は懐から扇子を取り出す。

そうして、扇子でパンと音を立てる。
さらに、私の頭の上を音が泳いでいく。
名人は立ち上がる。
「こういう時は、休むのが一番の手じゃ、お互いに」
私もそう言われて、足の裏に畳を感じて立ち上がる。
名人は思い切り笑いだし、満面の笑みで、
「どうじゃ、御神輿を見には行かないか」
ガラス戸をガラガラと開けて外に出る名人に続いて、私も外に出る。
名人と私、夕焼けの中を道に出てみると、
お神輿がハッピを着た男の子や女の子に担がれ、わっしょい、わっしょい。
その振動とリズムはわたしの体にも伝わってくる。
名人は、いつの間にやら、子供たちに混じって神輿を担ぎ出す。
手をおいでおいでして、「そちもどうじゃ」などと言う。
私も吸い寄せられるように、子供たちに混ざる。
子供たちのキラキラした汗の匂いが鼻をくすぐる。
そうやって、ひとしきり、御神輿を担いだ後、再び、将棋盤を挟んで名人と対峙する。
名人は涼しげな表情、そしてそれに向かい合う私も同じ涼しげな表情を浮かべているのかもしれない。
再び、駒と将棋盤がぶつかる音が、初めて聞いた音のように響く。
そして、満足そうに名人は駒を進める。
私も高らかに音を響かせて、渾身の一手。
身も心もその一手に込められている感じがするその一手。
次の瞬間、名人は急に緊張を緩ませて、頭を下げる。
「参った」
「まだ、王手もかけていないのですが」
私は震えながら言う。
相手は、顔を上げて、澄んだ瞳で私を見つめる。
「お若いの、自分の素晴らしい一手に気づいていないようじゃな」
私の震えは、感動のわななきに変わる。
愉快そうに、名人は、私の肩をポンポンと叩く。
勝ったのか、負けたのか、私にはとんと実感はない。

それでもいいのかもしれない。
気がつくと、あたりはとっぷり暮れていて、私の前には将棋盤と駒と脇に棋譜があるばかり。