無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 137〜H 42 転回

1階の書斎に、わたしはお邪魔させていただいている。

大きなマホガニーのテーブルがあって、怜のパパは、白いレースのカーテンのかかる大きな窓を背にして、革製の黒い高い背もたれのある椅子に座っている。

怜が静かに入ってきて、氷の入ったルイボスティーを置いていった。

その瞬間、氷がぶつかり合ったのか、風鈴のような微かな音がした。

「それで、幸子さん、どんなことでしょうか?」

怜のパパは微笑みながら言う、よく見ると、目の周りに笑い皺ができている。

『何だか、雰囲気は怜に似ている』

そう思ったら、体から緊張が抜けていった。

「今、すごく、悲しいことがあって」

「悲しいことがあったんですね」

怜のパパは軽く頷きながら言う、ちょっと表情が変わった気がする。

「わたしが大事にしていた場所がなくなっちゃったんです」

「大事にしていた場所ですか、どんな場所ですか?」

「この近くの病院の敷地の森にある小屋です」

「国立○○病院の小屋ですね」

怜のパパはまた、ちょっと微笑んだ。

「そうです、あそこにあった小屋は、わたしの、いえ、わたしたちのこの世でただひとつの居場所だったんです」

「幸子さんの、そしてあなたたちの?ただひとつの居場所?」

「そうです、わたしと上地君の、ただひとつの安心できる場所」

「その場所がなくなっちゃったんですね」

「そうです」

私は自分の顔が歪むのを感じた、同時に胸が割れるように痛くなった。

視線をあげると、藤堂さんも同じ表情をして、同じ痛みを感じている気がした。そうして、少しだけれど痛みが和らいだように思った。

「もし、差し支えなければ、そこで起こったことを聞かせていただけますか?」

藤堂さんは、真剣な表情で、わたしの目を見て言った。表情からも声からも、わたしを子どもとして扱っているのではなく、同じひとりの人間として、対等に扱ってくれるという感じがした。

もちろん、あの小屋で起こったことはわたしとうえっちの秘密で、今まで、誰にも、怜にさえ言ったことはない。

けれど、この人ならわかってくれる、言っても大丈夫だという気持ちが湧いてくる。

「もちろん、ここで聞いたことは誰にも口外しません」

わたしは、あそこで起こったことをぽつぽつと思いつくまま、話し出した。途中、出来事の順序が前後したり、記憶がはっきりしないこともあったが、今に至るまでのことを話した。

藤堂さんは、途中、何も口を挟まなかった。

わたしは、自分の言葉がどこかに吸い込まれていくような感じを覚えた。

「ここまで話して、あなたは、幸子さん、どうお感じになりますか?」

「あの小屋が自分にとってどんなに大事だったのか、それは上地君との絆だったからなんだと思いました」

「そうですね、その小屋があなたがたの絆だったから大事だったんだと?」

「あっ、もしかしたら、あの小屋が目に見える形でなくなっても、絆はなくならないと?小屋が絆そのものではないと?」

「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。これから、ちょっとよければ、簡単な催眠をさせていただいてもよろしいですか?」

「はい」

私はそう言った。わずかに開けてある窓からそよかぜが入ってきて、レースのカーテンをゆるやかに揺らしていた。