「優君、大丈夫?」
流花ちゃんは、黙っている僕を心配そうに見つめる。
あんな汚らわしいことを流花ちゃんにした僕を嫌わずに話しかけてくれるのか?
それだけで、僕は号泣したくなった。
「立花さん、僕は」
心の中では、流花ちゃんと呼んでいたが、そう口に出すことはできなかった。
「なあに?」
「僕は、立花さんに謝りたいことがある」
僕は、何を思ったのか、立花さんの前に土下座のポーズをとった。公園で遊んでいる子どもたちの無邪気な声が耳に聞こえる。
「こんな汚らわしい僕を…許して」
僕は震えながら、言った。
「あんなことを流花ちゃんにした僕は神様も赦さないと思う。僕は地獄に落ちて当然の罪人だ」
流花ちゃんはしばらく何も言わなかった。
それから、おもむろに言った。
「たとえ、神様が優君を赦さなくても、優君が自分で自分を赦さなくても、わたしは優君を赦しているわ…ううん、そもそも赦すとか赦さないとか、おかしなことでしょう?」
僕は、もう我慢ができなくて、糸が切れたように、声を上げて泣き始めた。
涙が路上のアスファルトに落ちて、黒いしみをつくっていく。
そして、気がつくと、僕の頭にも温かいものが落ちているようだった。
勇気を振り絞って顔を上げると、流花ちゃんが泣いていた。
その涙が僕の頭に落ちて、僕の涙と入り混じって、路上に落ちていたのだ。
「流花ちゃん、ごめん、本当にごめん、ごめん」
「謝らなくていいの、謝らなくていいのよ。神様がいらっしゃるなら、神様がそんなことで優君を罰するようなお方のはずはないわ」
僕には、流花ちゃんの言っていることがぴんと来なかった。神様はどんな罪をも決して見逃さない厳格な裁判官のようなものだと固く信じていたから。
流花ちゃんは、子供のように泣いている僕の手をとって立ち上がらせ、公園のベンチに連れていって、座らせた。自分も僕の隣に座った。
「ほら、私と優君は、まだほんの小さな頃から日曜学校に来てたじゃない?あの頃、神様はわたしたちと共にいて、わたしたちを包み、わたしたちといつもいっしょにいてくれる存在だったでしょう?
あの頃だけじゃない、今もそうなの。
神様は変わらない、でも神様の顔をこわいこわい顔に描き変えるのはいつもわたしたちなの」
わかったようなわからないような気がしたが、それでも記憶の中から、伝道者や牧師になる決心をする前の、神様を信じるのではなく、自然に、何よりも身近な親しい存在として感じていた時のあの感じが立ち上ってきた。
「ほら、公園で今、はしゃぎながら遊んでいる子どもたちを見て、優君。
イエス様を信じていない人は地獄に落ちると言うけれど、あそこで遊んでいる子どもたちが地獄に落ちると思う?
そんなものが神様だと思う?
神様が地獄に落とすのではないわ、人が地獄に落とすのよ。
信仰は神様に人を近づけるとは限らないわ、人を遠ざけることもあるの。
神様は、信仰のあるなしで、清いとか清くないとかで、いいとか悪いとかで、人を区別するようなお方ではないわ」
流花ちゃんの言っていることは頭ではわからない、けれど、僕の心はそうだと言っている。そして僕を晴れやかにしてくれる。
「流花ちゃん、ありがとう」
「流花ちゃんと言ってくれてうれしいわ、優君。小さなころはいつもそう呼んでくれていたから」