無意識さんとともに

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聖人A 18 暗闇

僕は流花ちゃんの手を取って、そのまま公民館を出た。

けれども、まだ小学校6年生の僕たちが行けるところなどたかが知れている。

『僕たちが大人だったら…、このまま、ふたりでどこかに逃げてしまうのに』

大変な状態なのに、いやむしろ大変状態だからこそ、僕はそんなことを考えてその甘さに浸りたかったのかも知れない。

結局、僕と流花ちゃんは、前に来た公園のベンチに腰かけるしかなかった。

起こったことがあまりに酷すぎて、しばらく何の言葉も出てこなかった。

そうして、流花ちゃんが言った。

「ごめんね、優君まで巻き込んで」

「ううん、流花ちゃんが巻き込んだんじゃない。僕が自分でそうしたんだ」

「わたしたち、もう教会には行けないね」

「そうだね」

そう言いながら、僕は、教会に来ている僕の母も流花ちゃんの両親も、僕たちを守ってくれなかったことを考えていた。

「でも、これですっきりしたわ」

「すっきりって?」

「私の感じている神様って、教会の中にだけいるお方じゃなくて、どこにもどんな人の中にもいるお方だから」

「もう、どこの教会にも行かないっていう意味?」

「そうね、行かないわ」

「クリスチャンやめるって意味?」

「やめるも何も…神様にはクリスチャンもそうでない人も、そんな区別なんてないわ」

「僕はよくわからない」

「優君は大丈夫よ…大丈夫だから…」

その後は、何を話したのか話さなかったのか、まるで覚えていない。

この出来事の後、僕だけではなく、母も教会にはさすがに行けなくなった。流花ちゃんの家も行かなくなった。僕と流花ちゃんは小学校が違っていたから、教会で顔を合わせることがなければ、接点もない。会おうとしても、親のことを考えると、躊躇われた。

僕は、流花ちゃんのようには割り切れなかった。

牧師・伝道師になるという母との共同の夢は捨てきれなかった。

母は、今までの教会には行けなくなったので、新しい教会を探した。

退屈でも穏やかな福音派の教会に戻ろうと思ったらしい。

けれども、そういう教会の礼拝に行っても、礼拝後にそこの牧師に今まで通っていた教会の名前を言うと、「うちは、そういう教会ではないので、どうぞ他をお探しになってください」と慇懃無礼な言葉で断られてしまう。

結局、電車に乗ってかなりの距離にある、カリスマ的だけれどそれほど過激ではない教会に通うことになった。

最初の頃こそ、僕も通ってはいたが、あの出来事がトラウマになったせいか、続かない。『もう、僕は牧師や伝道者になることはできないのだろうか?』

そうして、苦しみから逃れるためなのかどうか、僕は知らず知らず、性的な妄想に耽った。どうしてもやめることができなかった。流花ちゃんが赦してくれた時に、もうそういう妄想は誰に対しても一切しないと心の中で誓ったはずなのに、また同じことを繰り返していた。

そうやって、後悔に苛まれる時に、たっちゃんの僕を裁く言葉が聞こえるような気がした。

『僕はどうしようもない、罪しか犯せない罪人だ』、そうやって僕は僕を呪った。

『そんなことないよ』、どこからか流花ちゃんの優しい声が聞こえるようなこともあったけれど、流花ちゃんと顔を会わせることもない今、その声はだんだん薄れていき、また、流花ちゃんと話した時に感じた、すべてを包み込んでくれる神様の存在も消えていった。

僕は暗闇の中にひとりぼっちでいるような感覚に襲われた。

僕は中学生になった。