僕は、自分の意に沿わない高校に入学したためなのか、中3の時の友達に会うのを避けていた。山田君と深淵君に誘われても、何かしら理由をつけて断った。山田君は私立の大学附属、深淵君は同じ都立でも僕よりレベルの高い高校に入学していた。
けれど、イエスセットを使った催眠が僕を変えたのかそうでないのかわからないが、ある日、僕は、ふたりに自分から連絡をとった。
そして、中3の時と同じように、パン屋の近くの山田君の家で会った。
山田君は高校に入っても柔道を続けていて、ますます貫禄が増していた。
深淵君は将来、アニメーターになりたいと言って、ノートに自分のアニメのデザインを書き溜めていた。
「上地は、今、何かはまってるの?」
山田君がさらに低くなった声で言う。
「催眠かな」
僕は、一瞬、ためらったが、思い切って息と共に言葉を吐き出す。
「へー、面白そうじゃん」
深淵君が軽い調子で言う。
「そうかな」
僕はほっと胸を撫で下ろす。
「ちょっとやってみてくれないかな」
「そうだよ」
「そうだな」
僕は、ふたり相手に、いつも神楽坂さんと佐伯さん相手にやっているように、やってみた。
ただ、違うのはふたりいっぺんにやってみるということだったが。
ふたりは目を覚ますと、目をぱちくりさせた。
「すごいじゃん、頭がクリアになった気がする」
「なんか、テレビで見る催眠術のイメージとだいぶ違うな」
僕は、思わず、ちょっと得意になって催眠術と現代催眠の違いについて説明した。
ふたりはうんうんと聞いていた。
「これからもちょくちょくあって、練習に使ってくれないかな」
「そうだよ、催眠受けてたら僕もいい絵が描けそうだ」
催眠が彼らに受け入れられて、僕は自分自身も受け入れられたような気がしてならなかった。ほんとは引け目を感じていたのは自分で、前から受け入れられていたのだろうけど。
その後、僕たちは、中3の時と同じように、深淵君が持ってきた漫画を読みながら、ここには書けないような馬鹿話に興じた。
ふだんは、付き合いと言えば、神楽坂さんと佐伯さんしか話す相手がいなかったので、何だか自分が男性であることを忘れていたが、久しぶりに山田君と深淵君と話して、自分が男性であることを感じた。
山田君の家から出て、途中で深淵君とも別れた。
すると、心の方から話しかけてきた。
「よかったじゃない」
「心よ、本当に良かったよ」
「うん、うん、グッド」
そんな会話をしながら、自分のペースで歩いている自分がいた。