僕は、松沢さんを置いて逃げ出したが、それでも松沢さんのことを諦めることはできなかった。
松沢さんに謝ろうとしたが、彼女は僕を無視するようになった。
加藤さんという松沢さんと僕の共通の知り合いに相談した。ただ、僕は起こったことを言うことができなかった。
「美奈に話を聞いてみるね」
加藤さんは僕に言ってくれた。
数日後、加藤さんは司書の先生がいなくなった隙に、僕に話しかけた。
「佐藤君、悪いんだけど、もうだめそうだよ」
加藤さんは済まなそうに言う。
「何て言ってたの?」
「『だって、何もしてこないんだもの』と言ってたよ」
加藤さんは言いにくそうに言う。
「そうか、そうだよね」
「美奈も美奈で、佐藤君がクリスチャンなんだから、そんなことはわかってたはずなのにね」
僕を精一杯慰める言葉を口に出すつもりで言った。
そして、夏も終わって文化祭の時期になったが、僕の心は晴れなかった。晴れなかったどころか、土砂降りのようになった。
と言うのは、松沢さんがもう次の彼氏を見つけて付き合っているという噂を聞いたからだ。
それだけでも、もう僕には十分だったが、あろうことか、放課後、僕が帰り間際に、掃除で出たゴミ袋を捨てに校舎の裏に行った時、僕は見てしまった。
松沢さんと新しい彼氏が激しく抱き合って、キスする姿を。
一瞬のことだったが、僕には心に真っ赤に燃え盛る焼き印を押されたように感じた。
それまでは、自分が汚いと思っていたが、初めて松沢さんが汚いと思った。
けれど、松沢さんを汚いと思う自分が余計、憎く思えてならなかった。
夜になると、僕は松沢さんと新しい彼氏があの本に書かれていたようなことをしている姿を想像して苦しんだ。
何とか、この苦しみから逃れたいとあらゆることをしてみたが、無駄だった。
眠らないで、一晩中、神様に祈ってみたが、神様は沈黙したまま、返事をしてくださらない。
そんな時、テレビで遠藤周作原作の「沈黙」という映画が放映された。
主人公の外国人神父は、キリシタン弾圧のさなか、捕えられる。決して踏み絵を踏むまいと思っていた神父だったが、自身の拷問ではなく、信徒が拷問されることを目のあたりにし、『お前が踏まなければ、信徒たちは苦しみ続けることになるのだ』と言われて踏み絵を踏んでしまう。
僕は、その映画を見ながら、自分を神父に重ねたのかどうか、絶望的な気持ちになった。
嘘をついて、自動販売機でお酒を大量に買ってきて、生まれて初めての酒を一気に煽った。
僕はよろめきながら、泣きながら、叫んでいた。
「神様、どこにいるの?」
「こんなに祈ったのに、なんでなんでなんで」
「どうして沈黙したまま、無視するの?」
「そもそも、本当はいないの?」
「いるなら、無視せず答えて」
…
僕は部屋でえんえんと神に向かってくだを撒き続けた。