帰り際に、はまっちを見かけた。藤堂さんと福井君も一緒だった。
藤堂先生の車でいつも帰っているから、待っていたのかな。
はまっちは僕を見つけると、いきなり駆け寄ってきた。
そして、僕の手を両手で挟むようにして、言った。
「忘れないで、待っているからね」
「忘れないよ、いつかあそこで」
「じゃあ、またね」
「また」
そして、手を振りながら風のように駆け出して行った。
またっていつのことなんだろうか?
僕はそんなことを思っていた。
それから、僕は高校の入学まで何もすることがなかったので、ただひたすら、毎日、一日中、心に邪魔の排除をお願いしていた。
何十度やっても、邪魔している人は母親とかえってくる。
僕は、何だかちょっと母親が可哀想な気も起きたが、かまわず続けた。
ただ、母と顔を合わせる時に、何だかちょっと罪悪感も感じた。
僕は、実は母の邪魔を排除しているなんて知ったらいったいどう思うんだろう?
それでも、僕の中で、催眠を学びたいという気持ちが勝っていた。
そんな入学式を目前にしたある日、僕が目覚めてぼうっとしていると、心の中から声が聞こえてきた、正確には声が聞こえてきたような気がしたと言った方がいいかもしれない。
「母親からの邪魔を排除したよ」
心がちょっと軽いような気がするのは、邪魔が排除されたからなのか、それとも春真っ盛りだからなのか。
母の顔を見ると、むくむく嫌な気持ちが湧いたものだが、今はそんな気持ちが湧かない。なんか、母との間に距離があけられたような気がする。
僕は、さらに、心に邪魔を排除してもらうように願うと、今度は違う人が浮かんでくる。そうして、『〇〇さんからの邪魔を排除してください』と心の中で言うと、今度は数時間で『邪魔を排除したよ』という返事が来た。
心は、何だかイボかタコを引き抜いたように痛むのだが、その痛みよりも軽くすーすーとした感じがして心地よくて、邪魔を排除するのが癖になる。
僕は、うれしくて藤堂先生のところに報告しに行った。
シャガールがかけてあるいつもの部屋なのだが、ちょっと何もかもが輝いて見える。
これは何なのだろうか?
「邪魔の排除がうまくいっているようですね」
藤堂先生は、僕がまだ何も言わないうちから、そう言った。
「すごいです、何だか心が軽くなって」
「そうですか、それはよかった。これからも、邪魔の排除を毎日続けてくださいね。では、次の段階に進むことにしましょう」
「次の段階…ですか?」
「そうです、心に催眠を習う目的を聞いてみるのです」
「はい?」
僕はやや緊張した。そんなことできるだろうか?