さて、イエスセットを使った催眠を練習すると言っても、僕には先立つものがない。と言ってもお金のことではなく、練習相手になってくれそうな友達のことだが。
こういういざという時、頭にパッと浮かぶのは、神楽坂さんだ。
僕は、電話してみた。女の人に電話するのは、やや緊張するが、そんなことも言ってはいられない。
「もしもし、神楽坂さんのお宅ですか?」
「おっ、上地君、久しぶりだね」
神楽坂さん自身が出て、ホッとした。
「そういえば、神楽坂さん、催眠に興味がありますか?」
「興味も何も、ミルトン・エリクソンをよく読んでいるよ」
僕は、何だかびっくりしたが、考えてみると意外なことでもないかもしれない。
「それでしたら、ちょっと催眠の練習を一緒にさせてくださいませんか?」
「そうだなあ…確かに興味があるんだけど、男女がふたりで催眠の練習はちょっと卑猥な響きがあるな」
「そうですよね」
「私は構わないんだけどね…そうだ、紗奈を呼ぼう。傍目から見たら、もっと危ないかもしれないけれど、アハハ」
僕は赤面した。
「ところで、神楽坂さんは、もう3年生ですよね、受験勉強の方は大丈夫なんですか?」
「それ、今、聞く?最初に、聞くことじゃないかな」
「すみません」
「いいの、いいの。そんなにまにうけないで。もう、学内推薦で行くつもりだから」
「そうなんですか?」
「そう、じゃあ、今度の日曜日、10時にうちに来てくれるかな?」
「よろしくお願いします。紗奈も上地君に会えるのをきっと喜ぶと思うよ」
電話を切った。なんだかんだあると、結局、神楽坂さんに頼ってしまう、これはいいことかな悪いことかなと、はたと考え込んでしまった。
そうだと思い出したように、心に聞いてみた。
『心よ、こうやって、神楽坂さんに頼ってしまうことは情けないこと?』
『情けないことなんてないよ。そういう人がいるってことはラッキーじゃないか』
『心よ、ラッキーなんだ?』
『そうだよ、友達は大切にしなよ。しかも、お互いに影響しあって、向上していける友達なんてそんなに得られるものじゃないよ』
『心よ、神楽坂さんも僕のことを友達と思ってくれているのかな?』
『それは間違いない。君と話す時の彼女の様子をよく見なよ。彼女らしさ爆発って感じだよ』
『心よ、それはよかった』
『そうだね、それから佐伯さんのことも友達として、忘れちゃだめだよ』
『心よ、佐伯さんのことも?』
『そうそう、浜崎さんのこともあって、何となく佐伯さんのことを忘れようとしているでしょ?』
心は痛いことを突いてくる。はまっちと会っていない今、何だか、佐伯さんとも距離をとって連絡しないでいた。
『佐伯さんもあなたの友達でしょ?』
『心よ、うん、そうだね』