無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 168 さらに

はまっちと話したのは、それっきりだったが、それでも、はまっちが同じ学校にいるっていうことがわかっただけでも、何だかとてもうれしかった。

どこか遠くで生きていて、ただ同じ空気を吸っているということだけで自分を満足させるということと、同じ学校にいて会おうと思えば会えるというのは、これほど違うものなのか?

『心よ、もう約束なんてどうでもいいんじゃないの?』

『それはふたりの間で決めるもの。こうしなくちゃいけないなんてことはないよ』

それでも、何となく、まだその時ではないということはわかった。

チューターのバイトと、催眠の練習をして、1学期と夏休みのカレンダーはあっという間にめくられて、秋がやってきた。

藤堂先生は、僕を部屋に呼んだ。

「イエスセットもだいぶ上達したんじゃないかな」

まだ暑さは感じるけれども、それでも秋らしい空気がレースのカーテンをゆらゆら揺らして入ってくる。

「はい、友達とかなり、練習しました」

「じゃあ、今度はイエスセットを組み合わせて、いよいよ、本格的に催眠喚起をする練習かな」

「まず、上地君に、私がやらせてもらうけどいいかな?」

「お願いします」

「前は、見て聞いて感じて+催眠を喚起する言葉というように並べたけど、見て3回+喚起する言葉、聞いて3回+喚起する言葉、感じて3回+喚起する言葉というようにするよ。そして、全体を2周か3周まわすね」

「わかりました」

「始めるね」

「今、君は私の姿を見ている。後ろのレースのカーテンも目に入るかもしれない。また、脇の壁の白い色も見ることができる。

そうしていると、何だか、視界がぼやけてくることもあるかもしれない。

外で鳥の鳴く声を聞くことができる。部屋の掛け時計のカチカチという音も耳に入ってくるかもしれない。私の声が近くにまた遠くに聞こえていることに気づくことができる。

そうしていると、何だか、色々な音が初めて聞く音のように感じられることもあるだろう。

足の裏には足と床が触れ合う感触を感じることができる。両手は膝の上に置かれて温かさを感じているかもしれない。瞼は何だか重くなってきていることに気づくことができる。

そうしていると、心と体が脱力してトランスの中に入っていっていることを実感できるかもしれない。」

僕は、目を開けていられなくなって、瞼を閉じた。

「今、瞼の裏に、万華鏡を覗いた時のように、ぼうっとした光を見ることができる。さらに、さまざまな色を見ることもあるかもしれない。また、イメージが浮かんでは消え、浮かんでは消えることに気づくかもしれない。

そうしていると、身体の瞼が閉じただけではなく、心の瞼も閉じてトランスの中に入っていくこともできる。

耳を澄ますと、自分の吸う息、吐く息の微かな音を聞くことができる。左胸に心臓が力強く脈打つその脈の音も聞き取ることができるかもしれない。自分が唾を飲み込む音さえ、心の耳で聞くことができる。

そうしていると、心も身体もどんどん静かになって、無意識の声、沈黙の音ならぬ音を聞くこともあるかもしれない。

身体がしっかりとイスに支えられ包み込まれているのを感じることができる。同じように、心も無意識に支えられ守られているのを感じることもできるかもしれない。心も身体も揺るがない安全な場所で安らいでいることを味わうこともできる。

そうしていると、心も身体もトランスの中に抱かれて、力を抜いて、無意識に任せている感じを経験することもできるかもしれない」

僕は、眠っているような、眠りとは違うような状態の中にいた。とても心地が良くて、何がどうだとかそういうことから一切切り離されて、ただただ安心しているそういう場所。

「今、この状態を十分に味わって、このトランスの中にあなたの心と身体を浸しましょう。もうこれで十分と思ったら、うなずいて教えてください」

僕は、ここから出て行きたくなかった。でも、僕のそんな思いさえも、静かで暖かい懐かしい何かに浸され、どんどん解けていってしまう。
僕は、首を縦に振ってうなずいた。

「では、覚醒して現在に戻ってきます。

ひとーつ、心と身体に爽やかな風が流れ込んできまーす。

ふたーつ、心と身体がだんだん軽ーくなってきまーす。

みっつ、1回か2回か3回か、自分で決めた回数の深呼吸をして、すっきり、エネルギーに満ちて目を覚まします」

僕は、目を覚ました。何だか、世界が光り輝いているようだった。

「さて、今度は、君がこれを練習するんだよ」

藤堂先生は、手順が書いてある紙を僕に渡してくれた。