半年間、僕はI教会の午前のミサの後、大橋さんと教会の一室でカテキスムの勉強をした。その後、大概は大橋さんと食事をして別れる。
家と元いた教会では、結構、大変だった。
母親は根っからのプロテスタントなので、僕がおかしくなったと思ったらしい。
牧師を呼んで僕を説得にかかる。
「佐藤君、ルターは信仰の自由のために宗教改革を起こしたことは知ってるよね」
「ええ、まあ」
そんなことは、今更、言われなくてもわかっている。僕はルターの本もだいぶ読み込んでいたから。
その後、カトリック教会の間違いがどんなものか、延々と繰り返す。
それも重々、承知していることだ。
最後は、僕を神谷先生の再来としてこれまでどんなに期待してきたか、牧師だけでなく、教会のお年寄りの方々が僕の成長をどれほど楽しみにしてきたか、母と共に、涙を浮かべながら、訴えてくる。
これには、僕も心を動かされざるを得なかった。
でも、僕の決心は固い。
僕は、自分がどうしてカトリックになろうと思ったか、I教会の赤いランプのところから力を感じたことを素直に打ち明けた。
けれど、僕の話を聞きながら、牧師も母も口を開けてポカンとしている。
「それで、君はカトリックになって何になろうというのか?」
聖人と言おうと思ったけれど、流石にためらわれた。
「…まだ、わかりません」
「もう少し、考えたらどうだろうか?」
「いえ、もう十分、考えたので」
僕は、ポケットから、トロントに行く前に、教会の人からもらった餞別の入った封筒を牧師に返した。
「これを返すということは、もう、君は私たちと関係のない人間になるということなんだが、いいのかね?」
「牧師先生にこんなことを言わせて、優、謝りなさい」
母は、僕の肩を揺さぶった。
僕は、母の手を振り払って言った。
「はい、かまいません」
「そうか、それじゃ、もうしかたないね」
そう言って、牧師は立ち上がり出ていった。
僕は、自分を縛るしがらみが断ち切れたことに何だか爽やかさを感じていた、そんなことを感じる自分が薄情だと思う思いもあったが。
改宗式はもう近づいていた。改宗式の前に、赦しの秘跡を受けなければならない。
映画とかでよくある、告解室で神父に罪を告白するものだ。
生まれてから今までの全部の罪を告白しなければならないと聞いていた。
そう思ったら、この頃は思い出すこともなくなっていた、あの洗礼式で流花ちゃんの裸身を見た時のこと、松沢さんとのことが甦ってきて、再び、自分を苦しめた。