僕がトロントを発って、日本に帰る日は迫っていた。
大橋さんは興奮気味に僕に言った。
「これはすごいことだよ、アンに祈ってもらうこともごく稀な貴重なことなのに、佐藤君に与えられた預言はね。もしかしたら、君には、本当に聖人への道が与えられているのかもしれない」
「そんなことないですよ」
そう言いながらも、満更でもないような気がしていた。聖人になって日本を救う、そんな誇大妄想が僕には確定事項のように思われた。
そう思ったら、僕はあれほど頭を離れなかった松沢さんのことも、一抹の翳りもなく、心の中から綺麗さっぱり拭い去られたようだった。
それだけではなく、女性を見ても、もう心がまったく動かなくなった。
僕は、もう、自分がほんとに聖人になったつもりでいたのかもしれない。
心の中で、密やかにだがはっきりと、『僕はたっちゃんを超えたんだ』と囁いているようだったが、そんな考えは自分に相応しくないと振り払った。
日本に向かう飛行機に乗る直前の集会で、あろうことか、トロントの教会の、世界的に有名な牧師、牧師夫人、そして多くの人たちが、輪になって、僕を囲み、僕の頭に手を置いて祈ってくれた。
"Blessing on you, double blessing, triple blessing, more and more!"
(祝福をあなたに、二倍の祝福を、三倍の祝福を、さらにさらに)
僕は、自分がスーパースターになったような気がした。
僕は、意気揚々と日本に帰国した。
そして、家に帰り、トロントで起こったことを、母と妹に話したが、首を傾げるばかりだった。
『まあ、いい。教会の人なら僕のことをわかってくれるだろう、何と言っても僕は神谷先生の再来と期待されているのだし』
日曜日になるのが待ち遠しかった。
残念なことに、その日は僕が説教する番ではなかった。
礼拝で、牧師の説教の後に、司会者が言った。
「佐藤君が、トロントに行ったので、その報告をしてくださいます」
200人ぐらいの人がいた、そんなに多い人数ではないが、これが僕のデビューだ。
僕は、トロントで自分の身に起こったことを(もちろん、松沢さんに似ている大学生に会ったことは省いて)語った、特に、女性預言者のアンに言われたことは、感情を込めて語った、自分で話していて涙が溢れるほどだった。
ところが、皆の反応は薄かった、僕が普段、説教で話していた時よりもはるかに。
「そうですか、良かったですね、佐藤兄弟」
司会者は、平板な調子で僕に言った。
僕は素晴らしい未来が約束されたスーパースターではなかったのだろうか?