僕は、ワインを一杯、飲んだだけで頭がぼうっとしてきたが、Kさんは次から次へと注いでくる。
僕も飲まざるを得なかった。そして、普段は聞き手のKさんが言葉を僕に浴びせてくる。
何でも、Kさんは良家の子女らしい。そして、代々のカトリックで、父も母も弟もみんな一流大学の出身とのことだった。
そんな家庭で、Kさんは音大に行って、ピアニストを志したが、病気で挫折して、どれだけ絶望したことか。そして、今は、癒しを求めて、聖霊刷新の会に出ているということ…
僕は酔いが回っているのか、ところどころ聞き取れなかった。
Kさんの言っていることはかなり深刻なことであることはわかったが、内容とは裏腹に、ものすごく陽気なイタリヤ人のように、そして高速で話す。
そうやって、嵐のようなモノローグが終わった後、いつの間にか、Kさんは僕の正面の席ではなく、僕の隣に座っていた。
酔っているのだろうが、顔には表れていない。まっすぐな眼差しでこちらを見つめてくる。
「佐藤君、私のこと好きでしょ」
「えっ、いや」
咄嗟のことで、上手いことを言うことができない。
「私も好きよ」
そう言われれば、僕も言うしかない。
「前から好きでした、付き合っていただけませんか」
酔いでちゃんと呂律が回っているか、わからない。
ところが、Kさんは、僕の告白ならぬ告白を聞くと、急に大声で笑い出した。個室とは言え、隣に聞こえるかもしれない。僕はちょっと怖くなった。
「佐藤君を網にかけるのは簡単なのね」
「今、なんて」
「ううん、何でもない。こんな年上のおばさんでいいの?」
「僕にとっては、Kさんは汚れのない百合の花のような人です」
「百合の花に毒性があるのは知っている?」
「いや」
Kさんは何を言おうとしているんだろうか?
「そろそろ、行きましょうか?」
「そうですね、電車がなくなると困りますし」
「その前に、もう一度、教会に行かない?」
「えっ、こんなに遅い時間にですか?」
「佐藤君とお付き合いするのを、マリア様に報告したいの」
カトリックでは、マリヤではなく、マリアと言うんだなと僕は関係のないことを考えていた。
「はい」
僕たちは店を出て、教会に向かった。
世間知らずの僕は、このまま、Kさんと付き合って、Kさんと神様を信じる敬虔な家庭を築くことを考えていた。
教会の扉はまだ開いていた。
Kさんは聖水を指について、十字を切る。僕もそうした。
しばらくの間、Kさんは祈っていた。
僕も祈っていた。
そうして、祈りを終えると、Kさんはいきなり抱きついて、僕にキスをした、何の心の準備もないままに。