「じゃあ、これでいよいよ、聖体拝領することができますよ」
主任神父はあっさり言った。
「よかったね、これで望みがかなうね、佐藤君」
大橋さんも、満面の笑みというのではないが、一応、笑顔を見せている。
I教会は大きな教会なので、ミサは1日に何回となく行われている。それで、僕は、大橋さんと一緒にミサに出た。
列に並ぶ。ひとりひとり、ホスチアを受けていく。両手で受ける人もいれば、跪いて口を開けて舌で受ける人も時にはいる。
大橋さんが僕の前で受けた後、いよいよ僕の番が来た、僕はこのために半年間の準備をしてきたのだ。
「キリストの体」
司祭は淡々と言う。
僕は両手で受けて、白いウェハース状のものを口に入れて飲み込む。
その瞬間、目の前の景色がぐらりとする。
何だか、光と熱を激しく発する塊が、口から喉へ、喉から胃へ降りていく。
僕はよろめきながら、何とか席に戻る。
隣の大橋さんが、心配そうに顔を覗き込む。
「顔色が青いよ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
額の汗を拭いながら、僕は答える。
そうして、それから後の記憶がない、気がつけば、ミサは終わっていた。
僕の状態はいつもの状態に戻っていた。
大橋さんは、改宗のお祝いとして、近くのフレンチレストランでご馳走してくれると言う。
僕は、今、経験したことを言おうかと何度も考えたが、ついに言うことはできなかった。
「これで、私の役目も終わったよ」
「はい、ありがとうございます」
「カトリックは幅広い。いろいろな人やグループがあるから、君がどういうふうに付き合っていくかは、君の自由だよ」
大橋さんは、何だか少し寂しそうに言った。
僕は慣れない手つきでフォークとナイフを使って、ぎこちなく口に肉を運びながらその言葉を聞いていた。
それ以来、大橋さんと出会うことは少なくなっていった。大教会なので、意識して会うことがなければ、偶然に出会うことはまずない。
僕は、日曜日ごとに家から1時間かけて電車に乗り、10時のミサに出た。
もちろん座る席も決まっているわけではないから、毎回、近くに座る人も違う。
誰かと顔見知りになることも特にない。
僕も寂しさは感じてはいたが、そうして大勢の人の中に匿名の人間として埋もれていることに心地よさを感じていた。
高校3年生の間、僕は家では受験勉強をし、日曜日にはミサに出て平穏な毎日を送っていた。
時には、あの狭い告解室で赦しの秘跡にあずかった。誰かにはっきりと、「あなたの罪を赦します」と言ってもらえるのは、ありがたかった。
そうして、市ヶ谷にある大学の哲学科に入学した。
その日曜日も、僕は四谷のI教会のミサに出ていた。
終わって帰ろうとすると、40歳ぐらいの女性が話しかけてきた。