無意識さんとともに

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聖人A 48 鬼ごっこ

「失礼ですが、ちょっとよろしいでしょうか?」

僕は緊張で身を固くした。

「はい」

「私は、カトリック聖霊刷新グループのものです」

聖霊刷新?」

「新たな命を求めて、聖霊の新しい風を追い求める運動です」

そういうカリスマ的なグループがカトリックにあるとは聞いていたが…

「それで、僕に何の用事でしょうか?」

「こんなことを言うのも奇妙なんですが、以前から同じミサであなたを拝見していて、あなたには特別な聖霊の力が宿っていると感じていたんです」

僕は、思わず、あらためて女性を見た、ごくごく普通の人のように見える。

「それで、午後4時から、教会に隣接する大学の404号室で聖霊刷新の集いがあるのですが、行きませんか?」

ふと、トロントの時のことが頭をよぎった。ついに、その時が来たのだろうか?

けれど、僕はしばらく黙り込んでいた。今の平穏な生活から抜け出したくない気持ちがあった。

「あなたの与えられた役割を忠実に果たすように、神は言っておられます」

僕は、びくっとした。急に、大人しそうな女性が野太い声で語ったから。

これも、おそらく、預言だろう。

「わかりました、行きます」

僕は女性と別れて、軽い昼食を食べ、時間が来るまで、隣の大学の図書館で時間を潰すことにした。ここはメインの図書館とは違う、一般開放されている図書館で会費を払えば誰でも本を6冊まで借りることができる。

貴重なキリスト教図書が書庫にまでびっしりとあったので、僕は会費を払って会員になっていた。

書庫の年代物のテーブルのところに腰かけて、僕は何度も読んでいる、ロースキィの「キリスト教東方の神秘思想」を棚から引き出して読み始めた。

『いずれ、この本は買わないと、確か、高田馬場の書店の哲学書のコーナーにあったな』

そんなことを考えてしまって、ページから気がそれている。

何だか、体の奥がうなりをあげているようなそんな感じもあった。

実のところ、トロントから帰ってきて、それからホスチアの不思議な力を体験して、僕は自分の生活がこれ以上、奇跡とヴィジョンに彩られて破裂しないように、ある祈りを始めていた。

エスの祈りというもので、ただひたすら『主イエス・キリスト、神の子、罪人なる我を憐みたまえ』と呼吸に合わせて、何百回、何千回も繰り返す。

そうすると、何だか、重心が下に下がるような気がして、僕の心は透明になって落ち着いていく。

この祈りが、僕にとって自分を現実に繋ぎ止めるアンカー(錨)の役割をしていた。

それなのに、また、奇跡と不思議の渦巻くところに出ていくことになるとは…