夜が更けても、僕は喪黒福造の語る繁栄の福音とやらに煽られたのか、それとも単に枕がふだんと違うからなのか、なかなか眠れなかった。
寝ようとすればするほど、眠れなくなる。
そうしているうちに、ふだんは抑え込んでいるいろいろな思いや欲望が噴き上げてくる。
僕は、おそらく、子供扱いされ、憐れまれることに喜びを感じながらも、同時に憤りを感じていたらしい。
僕が始終していた祈りは、「神の子、イエス・キリスト、罪人なる我を憐れみたまえ」というものだった。
眠れないので、この祈りを唱えようとしても、今までは、決して引っかかることのなかった「憐れみたまえ」というところに、むかむかした吐き気を覚えてしまう。
そのうちに、四谷の聖霊刷新で出会った大山さんという男性と話したことを思い出した。
「憐れみという言葉ほど、嫌な言葉はないんだよ。何だか、自分が見下げられていて、乞食扱いされている気がしてたまらないんだ」
大山さんは有名なミュージシャンのバックでギターを弾いていた、これほど人がいい人を見たことがないというぐらいの人だったが、その時の表情は本当にイライラしげな、さも嫌でたまらないという顔だった。
僕は、その時は、そのことが全くピンと来なかった。
『私たちは、偉大な神の乞食だとあのルターも言ったじゃないか、それこそが信仰なんじゃないの』
そんなふうに、心の中でつぶやいていた。
けれど、今はわかる、いやわかりすぎてしまうぐらいわかる。
そうだ、僕は、『憐れみ』という言葉でずっと去勢されてきたのではないか、いや、自ら、自分を去勢してきたのかもしれない。
僕は、男性なのだ。男性であることを証明したいと思っている。
ベッドから立ち上がると、自分の部屋を出て、隣の部屋のドアをノックした。
返事はない。
僕は、自分の部屋に戻ると、携帯電話を取り、Rさんに電話した。
発信音をかなり鳴らしても、出なかった。
さらに、粘ると、Rさんが出た。
「なあに?」
「これから、そっちに行ってもいい?」
「ダメよ、何考えているの」
「どうしても行きたいんだ」
「…とにかく、ダメよ。坊やは大人しく寝ていなさい」
電話が切れた。僕は、自分の怒りが膨れ上がるのを感じた、同時に、背中の痛みが耐え切れないほど大きくなって、もう、背中が真っ二つに折れてしまいそうだった。
けれど、僕は、夜が明けると、また知らんぷりで聖人の顔をつけて、Rさんにも、大会に来ていた聖霊刷新のメンバーにも接した。
「夜の電話は何だったの?」
「ちょっとね」
「私たちは、それなりに有名人だから気をつけないとね」
有名人という言葉に妙なアクセントを置いて話す。
けれど、僕を傷つけないように、諭しているらしい。
それがたまらなく嫌だった。