無意識さんとともに

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聖人A 70 吐き気

母と妹は、あの赤い文字事件がいったん落ち着いた後も、僕の人間関係にピリピリするようになった。

「優、これは何なの?」

母と妹は、Rさんが僕にくれたトトロの置物と、さらに、Rさんが写っている写真を手にして言う。

「いや、何でもない。返して」

「返せない。何なの、この人は?どういう関係なの?」

「お母さんには関係ないよ」

「お兄ちゃん、この写真の人、気持ち悪いんだけど」

「お前は人のことをそんな差別的に見るの?」

「そういう話じゃなくて、なんか発しているものが…」

とにかく、ふたりは何やかんや言ってきて、返してくれない。

まあ、いい。特に問題はない。

そう思って、もう話をしても無駄だと背を向けた瞬間。

「絶対に許さないからね、こんな女と付き合うことは」

母の声が僕の背に突き刺さる。

そんなことがあった後、僕はいつものように、御堂の脇のベンチでRさんと座っていた。

「すごいことがあったのよ」

「そう」

僕はあまり関心なさそうに返事をした。

「すごいヴィジョンを見たのよ」

「ああ」

そんな言い方をするのは、いつものことだったから僕は生返事をした。何だか眠くてたまらなかった。

「教会で祈っていた時、イエス様が現れて、私はイエス様に誘われて、イエス様と〇〇○したのよ」

「何だって!」

僕はあまりのことにベンチから飛び上がるように立ち上がった。

「驚くのも無理はないけど、イエス様の花嫁として選ばれたのよ」

「そんな話じゃない!」

僕は声を荒げた。顔も真っ青になっているに違いない。

「どうして?」

Rさんはピンとこない表情をしている。

「言っていることがどれだけ冒涜的なことかわからないのか!」

「…」

『気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い』と言う声が、僕の中で声帯が壊れるほど叫んでいた。

そういう女性たちが教会の歴史の中で現れたことは、知識として知っていた。中世の女性の神秘家たちはそういう体験をしたが、みな異端認定された。

けれど、知識的にそんな判断をしているのではない、とにかく、おぞましい。

聖なるものを汚す最大限の罪、そういうふうにしか捉えられない。

僕は、その場から立ち去ろうとした。

Rさんは逃げようとする僕の手をつかんでくる。

「待って、まだまだあなたが必要なの」

「もうたくさんだ」

僕は手を振り払って、逃げ去る。

Rさんも駆け出して追ってくる。

そうして、僕の腕を信じられないぐらいの力で掴む。

「ついていけない、気持ちが悪くてしかたないんだ。もう付き合えない」

「…わかったわ、今までありがとう。わたし、絶対、有名になるから。あなたがいなくても、聖霊刷新の世界で上にのぼりつめるから」

「勝手にしろ!」

僕は、緩んだ手を再度振り払って、全力で走った。

向こうから走ってきた車にぶつかりそうになったが、そんなことはおかまいなしだった。

そんなことはどうでもよかった。

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

全てが気持ち悪い、RさんもKさんも、自分さえも、何もかも。

僕の周りの景色は流れていく。

いっそのこと、この体ごと脱ぎ捨てて、楽になりたかった。