「ところで、上地君は哲学科を志望していると怜に聞いたけど」
僕は言葉の内容よりも、福井君が怜と言っていることに気を取られた。
「そうですけど…福井君はどこを志望しているんですか?」
「僕も今のところは哲学科…なんだ」
「今のところはというのは?」
ちょっと不躾だったかも知れない、僕は思ったことをそのまま口に出した。
「もともと神父になるつもりだったから。神父というのはまず大学の哲学科に行ってから、それから神学校に入るのが道筋なんだ」
「そうなんですね」
「ところが、カトリックであることもやめてしまって…どこに行ったらいいか宙に浮いた状態さ」
福井君は、白い歯を見せて笑う。
「カトリックをやめた決定的な原因は何なんですか?」
「だいぶ前に父親の意向に沿って神父になることはやめた、でもその時はカトリックであることは続けようと思っていた」
「それがまたどうして?」
「さっき、砂漠の話をしただろう。神が、正確には、砂漠の行商人と民が信じている神が砂漠の蜃気楼としか思えなくなったからかも知れない」
「つまり、人間の創り出した希望とか、観念とか?」
「そう…だね。キリスト教内部にも、それを匂わせるものはあって、否定神学とかマイスターエックハルトとか」
「どんなものですか?」
「否定神学というのは、神は『…である』という形では捉えられず、ただ『…ではない』と言うしかないというものだ
「確かに、『…である』と言っても、それは人間が考える観念になりますからね」
「そう、人間が、『神は全知全能である』とか『神は愛である』とか言っても、それらは人間が神について考えた観念で神ではない。だから、『神は人間ではない』『神は人間の観念ではない』と、『…ではない』と否定を重ねていくしかない。でも、そうやっていっても…」
「そうやっていっても、なんら積極的なものは出てこない」
「そうそう、そういう否定の果てに出てくるのは、神は無であるということじゃないかと僕は思う」
「無?」
「そう、無。人間が神なんていって崇めているのは、商売に都合のいい行商人が創り出した紙人形で、本当の神がいるとすれば、神という名前さえ持たない匿名である無」
「なんかすさまじい考えですね」
「そうかも知れない。でも、こんなふうに思ったら、ミサに出ても単なる藁で作ったカカシを崇めているような気がして出れなくなったし、果てには、カトリックもやめた」
「カカシかあ」
「マイスターエックハルトは『神を離脱せよ』と言ったけれども、僕はカカシの神を卒業したんだ」
福井君はコホンと軽く咳をした。
僕は、福井君の言っていることを肯定も否定もできなかった。