秋津駅から並んで歩いた。
七夕だからと言って特別なことはないのだが、それでも商店街にはちらほらと笹を飾っている店がある。
「この和菓子おいしいのよ」
はまっちは思い出したように、スカートを翻して店の中に入っていく。
僕も一緒に、木製の引き戸を開いて中に入った。
ショーケースの中で目を引いたのは、天の川を模した水羊羹だった。
「これでいい?」
僕の心を見透かしたように、はまっちが言う。
「うん、これがいい」
僕たちは、その水羊羹を2つそっと胸に抱え、さらに途中のお店で唐揚げ弁当を買って、アパートに向かう。
アパートの前に来ると、はまっちが突然言った。
「ちょっとここで待っていてくれない?できたら呼びに来るから」
一体、何だろうか?お昼はもうお弁当を買ったし。
「わかった。待ってるよ」
はまっちはトントンと階段を駆け上がっていった。
僕は、そこで立ったまま、空を見上げていた。
『今日は雲もなく、綺麗な天の川が見られるかもしれない。織姫と彦星もつつがなく出会えるのだろう』
そんなことを考えていると、知らない間に、時間が経っていたのか、またもや、トントンと音をさせて降りてきた。
目の前には、ブルーに花模様の絞りの浴衣を着て、赤い帯を締めたポニーテールの女性がいた。
「誰?」
「とぼけちゃって、私だよ」
もちろん、はまっちということはわかっていたが、僕の中にあるはまっちのイメージと目の前にいる大人びたはまっちの姿とのギャップが僕をくらくらさせた。
「本当にどこの誰かと思ったよ」
「見惚れちゃった?」
「そうかも」
「だとしたらうれしい」
大丈夫、中身は僕の知っているはまっちで間違いない。
「さあ、行こう」
はまっちは急に僕の手を握った。
「どこへ?」
「私たちの小屋へ」
はまっちは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
部屋に入ると、誕生日の時に来た時とそんなに変わっていないはずなのだが、それなのに何かが違う気がした。
「何か模様替えした?」
「ううん、特にしてないわよ。気のせいじゃない?」
そう言いながら、はまっちは声を出して笑う。
僕の視界が揺らいだような気がした。
「とりあえず、お弁当食べない?」
「そうだね」
僕は唐揚げ弁当のフタをあけて、冷えたご飯を口に入れた。
電子レンジで温めようと思ったが、なぜか、僕もはまっちもそうしなかった。
「あっ」
「どうしたの?」
「前もこうして、ふたりで唐揚げ弁当を食べて」
「そうよ、あの小屋でね」
「あの小屋で?」
「そのあと、私たちは夢を見たのよ」
そうだった、僕たちは知らない男の人と女の人の夢を見たのだ、しかも同じ夢を。
「あの男の人と女の人は…」
そう、大人に近づいた今ならわかる、あの女の人ははまっちで、あの男の人は僕だったんだ。