「おはようございます、神崎兄弟」
あちらこちらから声がかかる。そのたびに、私は光を教会の人たちに紹介する。
私は光が受け入れられないんじゃないかと思っていたが、そんな予想とは違って、年輩の人たちは孫でも見るかのように目を細めて手を差し出し、若い女性たちは光と挨拶のハグをしている。
ただ、そんな温かい雰囲気に包まれて安心してしまったその時に、急に向こうから冷たい一陣の風が通り抜けるのを感じた。
目をあげると、痩せぎすの、黒縁の眼鏡に、黒いスーツを着た牧師が来るのが見えた。
そこにいた人たちがフリーズしたかのように、急に動きも話も止めた。
「川辺先生、おはようございます」
川辺先生は、右手で眼鏡の端を摘んであげる。
その動きを見ると、私の胃が何だかヒクヒクした。
「神崎兄弟、おはよう」
「おはようございます、川辺先生」
「そちらにいるのは…妹さん?」
先生はちょっと怪訝な顔で光に眼差しを投げかける。
「いいえ、私は川辺さんとお付き合いしています。大江と言います」
さらに、光の服装をじろじろと眺めてくる。
「あなた、クリスチャン?」
「はい、三重のグレープヤードチャーチで賛美リーダーをしています」
「ああ、三重のグレープヤード、あそこね」
「知っていらっしゃいますか?」
「うん、まあ。いろいろな意味で有名だから。それで、お付き合いしてるってずいぶんと若いね」
光は実際の歳よりもずっと若く見えた。
「ありがとうございます、いつも若く見られるんです」
光は何を勘違いしたのか、そんなことを言う。
「まあ、礼拝を楽しんでいってください」
そう言って、牧師は去っていった。
モノクロの群れは色を取り戻し、何事もなかったように、それぞれが木の長椅子に座った。
私と光も、真ん中あたりの席に座った。
「ずいぶん、牧師先生、カチッとした人なのね。テープで聞いている岩本先生とは大違いだわ」
「よせよ、聞こえるだろ」
私は、周囲を見回して言った。
息をつく間もなく、前奏のオルガンの音が鳴り響き、礼拝が始まった。
横を見ると、光が目を丸くしている。
『そりゃそうだ、同じカリスマ派と言っても、こちらは伝統ある教会。アメリカナイズされた、ロックコンサートのような礼拝とは違うさ』
私は、心の中だけでつぶやいた。
私たちは、立ち上がって、聖歌を歌い出す。
光は慣れていないせいか、最初こそ戸惑っていたが、さすがに賛美リーダー、そのうち素晴らしい歌声で歌い出した。
周りの視線が光に注がれる。
そんなことを繰り返し、牧師の説教の時間になっていった。