「入りなさい」
冷たい声が鳴り響いて、私はドアを開けた。
中には、テーブルとソファがあって、牧師が正面に座っていた。
信徒用の相部屋とは随分と違う。
「座りなさい」
私たちはソファに並んで座った。
ソファに座ると、光がいきなり口火を切った。
「私が集会中に、ともちゃんに、いえ、智明さんに肘鉄を喰らわしてしまって、ほんとにごめんなさい」
光は素直にそう言って、ぺこりと頭を下げた。
「あなたは、どれだけ、私に恥をかかせれば済むと思っているんだ!」
いきなり、牧師が声を荒げたことに私たちは驚いた。
「でも、神様の祝福を受けたいという気持ちがすごくあって…」
「そんな言い訳はいい、これだから頭がおかしいグレープヤードの連中は嫌なんだ」
さらに、牧師は口の中でぶつぶつ言ったが、語尾はよく聞こえなかった。
「あなた方は、私の前に跪いて、悔い改めの祈りを祈りなさい」
私は、すぐさま、跪いて祈りの姿勢をとったが、光は口を開けてポカンとしている。
「何をしているんだ、早く跪け」
「私が神様に祈るような大きな罪を犯したかどうか…わかりません」
光は悪気は全くない様子でそう言った。
「何を言っているんだ、神が立てられた牧者に恥をかかせ、逆らうことがどれだけの罪かわからないのか?」
「私の罪は、すべてキリストが十字架上で負ってくださったので、その罪があるとしても、もはや私には関わりはないはずです」
「私に説教するのか、頭がおかしい、淫乱な女が!」
牧師の語気の鋭さに、気丈に振る舞っていた光は突き通されたのか、急にへたり込んで泣き始めた。
「光を責めないでください、私が代わりに祈りますから」
「なら、早く祈れ」
「神様、私たちはあなたの立てられた牧師に恥をかかせ、逆らいました。どうぞ、その罪をキリストの流された血によってお赦しください。キリストの御名によって、アーメン」
牧師はさらに私を睨みつけた。
「それだけか?もっと重大な罪があるだろう?」
私は黙っていた。
「隠せると思っていたのか?教会の反乱分子たちの言動を全部、伝えろと言っただろ。それなのに、なぜ隠していたのか?」
「…」
「すべて、こちらにはお見通しなんだよ。お前が伝えなくても、まだいるのだから」
そうか、牧師はスパイ役を私以外にも置いていたのか。
「この女もお前もどこまで私を裏切ったら、気が済むのか!お前たちは主を裏切ったユダと同じだ。ユダが最後、どうなったか知っているだろう?」
ユダは自分がキリストを裏切ったことを後悔して、キリストを売ったお金も手放して、首を吊ったが、体が裂けて、腸が全部飛び出してしまったと聖書に書いてあった。
「お前たちにも同じことが起きる。お前たちが私を裏切ったのはキリストご自身を裏切ったのと同じだから。アナテマ(呪われよ)、汚れたものども、ここから、この教会から出ていけ!」
私はあまりのことに『お赦しください』と繰り返し言ったが、牧師はニヤニヤ笑うだけだった。
私は床に倒れている光を抱き起こし、ゆらゆらと、夢遊病者のように部屋から出ていった。