「大丈夫ですか、神崎さん?」
手を背中に置いたまま、藤堂さんはそう言った。藤堂さんが私のことを神崎さんと呼ぶのは、初めてのことかもしれない。
「何とか、大丈夫だよ」
私は何とか、上半身を起こして、藤堂さんの方を向きながら言った。
藤堂さんは、まっすぐな瞳でこちらを心配そうに見ていた。先ほどの紅潮した顔はいつもの健康そうな顔に戻っていた。
「それだと、いいんですけど」
「今回は、藤堂さんのおかげで、パニック発作にならなかったみたいだから…ありがとう」
「私のおかげ?」
「そう、手を握ってくれて、今も背中に手を置いてくれて」
「あっ、私」
そう言って、たちまち、背中に置いた手を離して、また、顔を赤らめた。
周囲の人たちは、私たちのことの成り行きを聞いていたのかどうかわからないが、私たちのことをチラッと見てくる、その視線を感じて、今度は、私が顔を赤らめる。
「ほんと、あんな、ひどい人たちだと思わなかったわ」
藤堂さんは、無意識なのか、右手でこぶしを握ってそう言う。
「でも、彼らの言っていたことは普通なのかもしれない」
「そんなことないですよ」
「そう?」
「そうです、私がどれだけ、監視者みたいな神を吹き込まれて、脅されて、生きてきたか。愛と口には言うけれど、その愛には何の温かみもないんです。世間一般の人の方がよっぽどあったかいように感じるんです」
「そうね、そうかもしれない」
「でも、そんな裁判官みたいな神がほんとの神なら、それでもそんな神を信じるしかないと思ってきたけど、神様はそんな神じゃなくて、神崎さんが言うように、全能の愛なら…」
そう言いかけて、急に、藤堂さんは瞳を涙で溢れさせた。
そうして、また、私の手を両手ですっぽり包み込んだ。
「それなら…私は生きられます、まだ絶望しないで」
「ああ」
私はそんな返事しかできなかった。
「だから、カラオケの礼拝をやめないで、私のために、そして神崎さん自身のためにも」
「…わかった、続けるよ」
「そうして、神崎さんがどんなことを過去にしたのか、私は知りません。でも、神様が全能の愛なら、何が問題だと言うんですか?何も恥じることはありません」
「私がしたのは…」
私はそう言われて、起こったことを何もかも、藤堂さんに話した。
これで話したのは2回目だったけれど、どうして光ではなく、藤堂さんに話したのだろう?そんな自分に訝りながらも、私は話し続けた。
私の話を聞きながら、藤堂さんの表情は空模様のように変わった、そして未だ握っている私の手に感じる圧力は強くなったり弱くなったりした。変わらないのは、真正面に私を見つめる眼差しだった。