「ほら、私の顔を見て」
そう言われて、僕は下からKさんの顔を見つめた。
ファンデーションを落とした顔には、右目の下から頬にかけて、縦に、はっきりとわかる傷があった。
「これを見せたのはあなただけよ」
Kさんはほとんど泣きそうな顔になった。僕はそんな顔を見ていると、何だか自分も号泣したくなった。
「だから、させて、お願い」
それでも僕はできない、僕は再び、イエスの祈りを唱え始めた。
何だか、自分が残酷なことをしているような、Kさんをいじめているような気がしてならなかった。
「『火をつけた責任、最後まで』という言葉を知らないの!」
Kさんは声を絞り出すように叫んで、バスローブを投げ捨てて、一糸纏わぬ姿で僕を何とかしようとする。
僕は、祈りをし続ける。そして、不思議なことに、僕は祈りの中で意識を失った。
…
気がつくと、朝だった。
Kさんは、自分のベッドで丸まって小さな子供のように眠っていた。
頬に涙の跡があった。意識を失っている僕をどうすることもできなかったらしい。
僕は、胸が締め付けられるように感じて、彼女の髪を撫でた。
そのうちに、彼女はパチリと目を覚ました。
部屋のテーブルのところの椅子に座ると、虚ろな表情で話し出した。
「あなたとは付き合えないわ」
「えっ」
僕はショックを受けた。僕はまだ、彼女と付き合い続けるつもりでいたから。
「なんて顔をしているの?馬鹿なの?」
僕はうなだれた。
「本気で私のこと好きだったの?」
「そうだと思う」
「でも、あなたは覚悟を示さなかった。もしかしたら、あなたはあなたなりの覚悟を示したのかもしれないけど、私が求めていた覚悟とは違っていた」
「そうなんだ」
今度は、僕が小さな子供のように感じた。
「今まで、私の誘いに屈しなかった人はいないわ。神父も、神学生も、Hさんも。みんな、獣のようになって襲いかかってきたわ。その時に、私は自分は自分の価値を感じることができたの。けれど、あなたと言ったら…なんて愚かなの」
「僕は…」
まるで、自分が叱られた子供のように感じた。
「あなたのような人は、私には不要だわ、何の役にも立たないもの」
けれど、そう言って、彼女は泣き出した。
「ごめんね、僕を赦して」
僕は、おそらく、自分にとっては1番甘美な、彼女にとっては1番ひどい言葉を口にしていた。
「いいのよ」
彼女は、彼女が崇敬してやまない聖母マリアのように、僕を抱きしめてそっと口づけた。
「もういいわ、私は、どこか遠くの教会で罪を告白するわ。そうしたらこの罪は赦されるでしょうし、それで全ておしまい」
僕と彼女は、バラバラに外に出た。日の光が真っ直ぐ目に飛び込んできて、ただまぶしかった。