天動説が地動説に変わるように、ミルトン・エリクソンは催眠の世界においてコペルニクス的転回を果たしたのは間違いないように思われます。
それまでの催眠においては、意識→無意識という方向だったのが、エリクソンに至って、無意識→意識という方向に逆転したのです。
それまでの催眠と言っても、現在も多く見られる催眠、自己啓発、信仰療法…なども同じです。
意識の望むことを無意識にさせよう、よく言われる言い方では、潜在意識(無意識)を書き換えようという催眠です。
例えば、「強く念じれば思いがかなう」とか「思考が現実化する」とか「潜在意識の力を利用する」とかですね。
こういう方向においては、意識が主で無意識が従ということになります。
そして、こういう催眠においては、直接暗示が使われます。
「あなたはだんだんリラックスする」とか「あなたはトランスに入っていく」とかですね。
そうして、トランスに入ってしまえば、無意識とは何でも命令を聞くようなものと考えられています。
また、こういう催眠を成功させるためには、術者のカリスマと被術者の催眠感受性(素直に催眠暗示にかかる度合い)が必要とされると言われます。
実際にはこういう催眠にかかるのは、25パーセントぐらいの人だということです。
エリクソンはこの方向をひっくり返しました。
無意識→意識という方向で、無意識が主で意識が従という関係です。
そして、吉本先生が本で言っているように、暗示とは、意識が望むことではなく、無意識つまり本来の私が望んでいることということになります。
無意識が望むことは、意識が望むこととは違うことがほとんどですから、直接的な暗示は使われません。
意識の抵抗を起こさないために、間接暗示が使われます。
先ほどの例で言えば、「あなたはだんだんリラックスすることができる」とか「あなたはトランスに入っていくかもしれない」という表現になります。
そうして、トランスに入ると、メタファーを含んだスクリプトが使われますが、これは無意識に言うことを聞かせるものではありません。
無意識が主であり、無意識の中にあるリソースが無限の力と知恵を持っているのですから、帰るのは無意識ではなくて、意識です。
だから、メタファーは意識のあり方を変えるものなのです。
意識のあり方を変えて、無意識と調和した意識に変えるのです、それが意識と無意識の統合ということになります。
このあたりが広く誤解されているのかもしれません。
エリクソンは伝統催眠を教えるコースでも扱われていますが、エリクソンのこの方向を逆転させる革新性が理解されていないような気がします。
もしかしたら、これからの時代にこのエリクソンのコペルニクス的転回の意味が立ち現れてくるのかもしれない、そんなふうに私は思ったりもします。